未来を見ると気が重くなる
「師匠! やりました、やりましたよ! 一回戦突破です!」
「ああ。何はともあれおめでとう」
試合が終わり、俺は医務室で治療を受けていたメルの所に行った。次の試合までにはちゃんと剣を握れるくらいには回復できるそうだ。穴だらけになったのに大したもんだよ、うん。
チラリと他を見ると、シュマニさんとオグリナさんも治療を受けていた。と言ってもこの二人はもう試合はないし、重要な部分だけ治療したら細かいところを急ぐ必要はない。現にたった今シュマニさんの治療が一段落し、周りの魔法使いがオグリナさんの方に向かっていった。まあ、片や全身かなりの打撲に恐らくあばらもイカれてるし、片や今は気を失って横になっているが片腕の骨が隅から隅まで粉々だ。治療には元々時間がかかるだろう。
「カンタロー君、カンタロー君。ちょっといいかな?」
不意にベッドで横になっているシュマニさんから小声で声をかけられた。
「何ですか?」
「実はね、私大会が終わる前にバックレて国に帰るつもりでね。君にだけ教えておこうと思ったんだよ」
「……え、何の意味があるんですかそれ?」
戦った俺だから分かるって訳じゃないだろうが、この人は強い。技術も力もあるこの人ならもう負けたから優勝は無理でも隊員に選ばれるのは間違いないだろうに……
「あはは、まあ、個人的に他国の重要役職には就けなくてね」
「はあ……でもそれじゃあ何で大会なんて出たんですか?」
「そりゃあ、〈虚ろな双刃〉と恐れられた英雄イズールドの愛弟子なんて聞いたら確認したくなるでしょ普通は」
?
英雄?
誰が?
……イズールドさん、が?
「し、師匠? どういうことですか? ま、まさか、師匠の師匠って……」
近づいていたメルを気にすることもできず、俺はただ唖然としていた。
「……イズールドさん……そんなすごい人だったんすか……」
「まあ、イズールドとは古い付き合いでね。イザコザに巻き込まれてアイツ帝国から出ていったんだが、一ヶ月くらい前に便りが来たんだよ。アイツ無口で無愛想な癖して手紙は流暢だから笑えるよ」
「……あんま聞きたくないけど、何て書いてあったんですか?」
「長々と書いてあったが要約すると『俺の全てを持っていった弟子ができた。帝国には仕官させないようにしてくれ』だったよ。アイツが弟子をとったってだけで驚きものだね」
「し、師匠の師匠はとんでもない人だとは思ってましたが、まさか本物の英雄の名前が出てくるなんて……! しかも英雄イズールドの全部を持っていったなんて師匠凄すぎです! 師匠が、師匠が光って直視できません!」
「……て言うかこれバレちゃ不味いんじゃ……」
「さっき〈消音〉を周囲にかけといたから、そこの子が黙ればバレないよ」
いつの間に。
あわてて口を塞ぐメルを横目に俺は次の言葉を待った。
手際がかなりいいのを考えると俺がそれを知らないということをなんとなくわかっていたのかもしれないな。
「で、王国に連れていくつもりらしかったから王都前でアイツと別れた君を入ったときから様子を見てたんだけど、どうやら王国に仕えるつもりみたいだし、ま、大丈夫かなって安心したわけさ。大会に出たのは単に勝負してみたかったからだよ」
「なるほど。で、役目を終えたから帰ると」
「うん。動けるようになったら試合の盛り上がりに乗じて逃げるから」
「はあ……」
イズールドさんのことなどまだ聞きたいことはあったが、それを遮るように会場のほうから歓声が聞こえた。多分第四試合が盛り上がってきたんだろう。
「あ! 師匠、だいぶ凄いみたいですよ! 次ですから、急がないと……」
「カンタロー君。ま、しばらくは会うことはないだろうけど、帝国に遊びに来た時には飯でもおごるよ。試合、頑張りな?」
俺は「はい」と一言返事をし、医務室を後にした。微かに「あんな面白い子を独り占めなんてズルいじゃないかイズールドめー」とか言ってたけどもう知らん。師匠の知り合いって変な人なんだと自分の中で納得することにした。
「師匠」
「ん? どした?」
メルが控え室に向かって歩いているとき俺を呼び止めた。
「私、こんなにワクワクしてるの初めてです。師匠といると、新しい事ばかりで、えっと、その……。うまく言えないですけど、私、カンタローさんが師匠で良かったです!」
熱を持ち、頬を赤くして話すメルが、俺には少し眩しく見えた。俺は違う世界の人間で、得体のしれない奴なのに、まっすぐ信じられるメルが羨ましくもあり、またいつか居なくなることからの後ろめたさもあった。
「そうだな、きっとこれから──」
──もっと新しいものがあるさ。
だがその言葉は突如闘技場から響いた轟音によって相手に届くこと無くかき消された。
「!? メル! 闘技場だ!」
「はっ、はい!」
音の正体を確かめるために闘技場に俺とメルは全速力で向かった。
俺の方が速いから、一分経たず闘技場の観客席に出た。
その光景を見たとき、俺は何が起きたのかわからず思考の海に自分が沈んでいくのがわかった。
「し、師匠……なんなんですか、あれ……」
遅れて観客席に飛び込んできたメルの声で我に帰った俺は結論をまとめる間もなく言葉がこぼれ落ちていた。
「氷……? 属性魔法……なのか……?」
闘技場に居た少女の前には、氷の鎧を着て、3メートル近く巨大化しているが間違いなく試合前あの少女が抱えていた人形が血塗れで倒れて動かなくなった相手を見下ろしていた。
つぎはぎで、頭に生えた二本の長い耳からするとウサギの人形だろうか?だが、ウサギの人形が氷の鎧を着て立っている上つぎはぎで不気味さが際立っていて、軽くホラーだ。
「そこまでじゃ! 勝者、ジルバリオ・ポルストロア!」
その声と共に氷の鎧が砕け、人形も元の大きさに戻った。人形そのものの大きさが変わったってことはあの人形に使われてる布に何かしら仕掛けが……?
いろいろ考えているうちにポルストロアと呼ばれた少女はまるで羽虫にたかられたかのようにため息を吐いて闘技場を後にした。そして血塗れで倒れていた相手はすぐに治療のために運ばれていった。重症だが死んではいなかった。治療にあたっている人は腕がよかったし、大丈夫だろう。
「あれが、次の私の試合の……」
「助言は、ナシだ。ってか、何を助言すりゃいいかわかんねえな……」
いくらなんでもあれはでかい。被害を考えなくていいなら俺はどうとでもなるかもしれんが、メルはキツいかもしれない。
「大丈夫です。自分で、見つけます! だから師匠は自分の試合だけ考えて下さい!」
……そうだ、俺はあの虎顔の獣人族のオッサンと戦わなきゃいけないんだった……
対戦表を決めたベルに悪態をつきながら、オッサンを倒す方法を考えようと思ったが、あの人はシードだった。つまり戦い方を見ていないのだ。戦略は、その場でたてるしかなくなった。一回戦のように相手が拳だったり剣だったりすれば魔法は抜きにしてもある程度戦い方に予想ができたものの、ピッケルなんてさっぱり予想がつかない。
「かなり面倒な相手にしてくれたもんだぜ……」
ため息をつきながら俺は準備のため控え室へと急いだ。
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