パンチとピンチは似て非なる物。
この話を書いている時点で牛乳飲み過ぎでお腹を壊しました作者です( T_T)\(^-^ )
相手は拳……ナックルも武骨ながら、良い金属でできているものを持っている。
対する俺はナイフ。頑丈だし殴られて壊れたりすることは考えなくてもいいだろう。
お互い手数は互角のはず。ならば、いかに相手の攻撃を受けずに攻めきるかがポイントになるだろう。
眼前に立つ拳を構えたシュマニさんを見据え、頭で戦いのプランを練っていた俺の耳に、会場全体の観客の声が響き、そしてどこからともなく(おそらくマジックアイテムによる拡声だろう)女性の声による選手紹介が聞こえた。
「第一試合、カンタロー・アマミ選手対マセナ・シュマニ選手! アマミ選手は予選中ただ一人攻撃を仕掛けた騎士を捕まえただけでなく、さらに砂糖水をかけて虫を集らせた挙げ句背中にヨーグルトを入れるというイタズラまでした非常にお茶目な方です!」
はい、会場全体大爆笑。相手ですら肩をプルプルさせて笑いをこらえていたよ。
チラリとベルの座っている席を見ると仕返しはまだ終わっていないと言わんばかりにめっちゃいい顔でサムズアップしてました。つまり参加者を襲った選抜騎士ってのの中にベルも含まれてたわけだな。いつかアイツと紹介した人をしばくことを心に決めたものの、隣に座っていらっしゃる王様は、完全に殺意の波動に目覚めたかのような形相で俺をにらんでいらっしゃった。
心の中で合掌をして、前のシュマニさん……いや、敵なんだしさんは要らないな。シュマニに向き直った。
この人、さっきはただのイケメンにしか見えなかったけどよく見たら中性的な顔立ちで、俺は髪型とどこか飄々とした雰囲気で男と認識した。だがそれが逆に得体の知れない気味悪さを醸し出していた。
「対するシュマニ選手は拳で騎士を殴り飛ばしました! たったの一発で騎士を気絶させた猛者です! さあどんな試合となるのでしょうか!」
ガタイは別段筋肉質という訳ではない。なら殴り飛ばしたのは魔力による身体強化がずば抜けてるのかナックルの性能なのかはわからないが、後者のほうがパンチだけに気を付けてればいいから俺としては楽なんだがなぁ……
どちらにせよ至近距離での戦いは危険かな。
お、ベルが立ち上がったってことはそろそろ試合始まるかな。
一旦考えるのをやめて、俺は武器を構えた。それに合わせ相手もナックルをはめた拳を構えた。
「それでは
──試合開始じゃ!」
ベルの声がしたあとすぐ、シュマニがニコリと笑って話し出した。
「カンタロー君、だったね? 私は本気で行くから、君も出し惜しみとかするんじゃないよ?」
「? 何を……」
そこまで言ったところで、いきなり「何か」に引っ張られた。
飛空の檻をするときのように視界が急激に溶けていく。向かう先にいるのはシュマニ。
(くっそ! 何かに体ごと掴まれて……! このままじゃ迎撃される!)
殴る動作に入っていたシュマニに向けて動作無しで飛空を放つ。
直後、鈍いながらも大きな音と同時に腹にむけてアッパーが叩き込まれ、吹き飛ばされた。景色が急激に変わるなかでシュマニの肩から血が出ているのが確認できたから、おそらく飛空は当たったんだろう。
殴られる箇所に咄嗟とはいえ魔力を腹に集め、一点を一気に強化してアッパーに対応したにも関わらず、腹には鈍いダメージがあり、口の中に鉄の味が広がっていた。根性で吐き出さず飲み込み、体勢を整える。
「耐えただけじゃなく奇襲までするか……怖い子がいたものだね」
(一体何をされた?アッパーの前、何の予備動作もなかった。なら、魔力による何かか?)
「考えても無駄だよ。何やっても防げない!」
そう言うとまた急に俺の視界が溶ける。と、同時に、さっきは咄嗟で気づかなかったが、目を凝らさないと見えないくらいうっすらとした魔力が体にまとわりついていた。
(そうか、これか! だが……)
だが、もう引っ張られている俺に時間はない。体内からでなく体外からなら防げるはずだと俺は賭けて、全力で回避するために魔力を練る。あんなパンチ、二度もくらったらたまったもんじゃない。
俺は確かに体ごと「何か」に掴まれていた。だが、全身全く動かない訳ではない。
咄嗟で全く動けなかったさっきと違い、今度は下半身は動かせる。シュマニの拳が当たる前に、全身の魔力を足に!
「そら! ぶっ飛べー!!」
「くらうかよ!!」
俺は渾身の力で地面を蹴った。
俺自身も驚いたが、爆発音のような音が響いて、俺を中心に小さなクレーターが出来上がる。
蹴った右足のふくらはぎまでは地面に埋まったが、それにより体は急停止してくれた。
目の前でシュマニのアッパーが空を切る。
「な!?」
「やっぱりか。あんた、魔力を体外で俺の体に纏わせて俺の死角で形成、捕縛。それを引っ張ったな?」
飛空でもわかるが、一度形成した魔力は、体から離れてもしばらくは使った魔力量に応じて形が残る。が、一度離れるとそれはもう形を変えられないし、動かせない。だから別の魔法で飛ばしたり振って飛ばさないと飛空はちゃんと飛ばず、地面にポロリと落ちておしまいだ。
つまり、うっすらとでも魔力が自分と繋がっていれば体外で離れたところで形成して動かすことも可能なのだ。無論、細かい動きにはかなりの集中力が、離れれば離れるほど魔力は必要になるが。
「何らかの形を俺の周りにうっすらあった魔力で形成したってわけだな。あんまり薄かったから俺の魔力に混ざって見えて最初はさっぱり気づかなかったが引っ張るときだけ一瞬繋がりが切れないようにするためなのか魔力が多くなって見えた」
「力づくで止められる力で引っ張ったつもりはなかったんだがね」
「……で? 何の形だ? 掴まれた感触とスタイルから見ると……手か触手か?」
「ご名答。手さ。私の、巨大なね!」
シュマニの右手の先で魔力の密度が急激に上がっていく。次第にそれは形が見え始め、はっきりと視認できるほどになったときには巨大な拳が宙に浮いていた。
「足がそこまで埋まっていちゃすぐには動けないだろ? 今度こそ私の魔法でぶっ飛べ! 〈巨人の手〉!!」
「動けねぇなんて誰が言ったよ?」
足が埋まっていても俺は魔力強化により力ずくで動ける。しかも至近距離なら手に捕まる前に決められる!
バァン!
衝撃音と共に俺は瞬時に姿を消す。いた場所の地面は衝撃でめくれ上がっていた。なんてことはない。反対の足に魔力を溜めて蹴った勢いで出ただけ。だがシュマニを見ると瞬時に俺のことは追えなかったようだった。
そのまま勢いを殺すことなく技に繋げる。
「〈飛空の檻〉」
若干これを全力で放つことに葛藤はあったが、甘い考えで勝てる相手じゃないと判断し、全力でやってやった。
全方向からの飛空に対してシュマニは焦りを見せながらもなんとか防いでいた。が、それくらいじゃなきゃ話になんないよな。
途中でまだ数発飛空が向かっていっているうちに俺はシュマニの背後から羽交い締めにした。
卑怯?
別に俺は正義の味方でもなんでもないし。特殊な条件下でないかぎり背後から奇襲しないってのはただ負ける確率上がるだけ。そんなアホ臭いことするわけがないだろ。
「なっ、何を!?」
「……飛空ってのはさ、武器に纏わせた魔力を飛ばすもんだけど、素手のひとって拳に纏わせているだろ?」
何を言っているんだって顔をしたが、気にせず続ける。
「つまり、魔力量さえ余裕があれば。魔法で飛ばせれば。纏わせれば。理論上体のどこでも飛空が撃てるんだよ」
「!!!」
「理解したか? それじゃおしまいだ。 その身全てが飛空となる── 〈飛空甲殻〉」
魔法技を発動した瞬間、会場に俺を中心とした衝撃波が飛ぶ。ま、せいぜい風が当たったぐらいの感覚だろうが。とはいえ密着して受けたシュマニは完全に気を失っていた。
飛空甲殻は簡単に言えば体全体を媒介に飛空を飛ばすだけ。要所衝撃波みたいなものだ。媒介無しより媒介有りの方が神経使わなくて済むし、媒介にしたのは体。つまり切れたりはしないから密着してれば重鎧を着てない限りは気を失わせる位の威力で安全でもある。
ただ性質上ナイフの飛空より魔力は纏められず威力を上げるためには魔力量を増やさなくてはいけないから燃費が悪いし、それでも密着しなきゃさした威力がないのが欠点だが……
「し、勝負あり!勝者、カンタロー・アマミ!」
しかしまあ何はともあれ俺は勝ったのだ。
そして会場は入場時の歓声よりさらに強く俺の体を叩いた。
宣言通り、飛空だけでの勝利だ。