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ライトノベル?

作者: 天秤座
掲載日:2026/08/01



 私が初めてライトノベルに触れたのは、中学二年生の頃だった。


 当時の私は、「厨二病」という言葉どころか、「コンドーム」という言葉さえ知らなかった(笑)


 今では小説を読むだけでなく、自分でも書くようになったが、最初から読書が好きだったわけではない。


 文字を読むことにさえ消極的だった私が、どのような作品と出会い、どうして小説へ夢中になっていったのか。


 まずは、そんな私の読書遍歴から語っていこう。



 小学校高学年の頃、読書タイムというものがあった。


 とはいえ、当時の私は


「読書タイムなんていらない。文字を読むのは、教科書だけで十分だろう」


 と思っていた。


 そのことを家族との会話で話すと、


「それなら、これを持っていって読んでみたらいい」


 と、小説を渡された。


 正直なところ、その時点でも積極的に読む気はなかった。


 しかし、後で感想を聞かれたとき、読んでいないことがばれるのも気まずい。


「仕方がない。感想を言える程度には読んでおくか」


 そんな消極的な理由で、私は本を開いた。


 読書タイムには、『封神◯義』や『竜◯がゆく』『13◯段』『東の◯神 西の◯海』などを持ち込むようになった。


 分からない漢字は多かったが、雰囲気で読み進めていくうちに、細かな意味までは理解できなくても、物語の流れや登場人物の感情が何となく伝わってきた。


 そして、思っていたよりも面白かった。


 最初は一つの文を追うだけでも時間がかかったはずなのに、何冊も読むうちに、少しずつ長い文章を読めるようになっていった。


 そうして私は、小説の面白さと同時に、小説を読む力を身につけていったのだと思う。


 それまでは漫画を読むことが多く、ジャ◯プやマ◯ジンの作品を中心に楽しんでいた。


 アニメにもあまり詳しくなく、ガン◯ムの絵柄ですら少女漫画風に見えて、何となく避けていたほどである。



 中学二年生のある日、読んでいた『ス◯イラル 推◯の絆』という漫画に、スピンオフ作品として小説版があることを知った。


 近所の本屋で取り寄せてもらい、何度も読み返した。


 特に好きだったのは最終巻で、今でも多くの人に読んでもらいたいと思っている。


 ここで


「それはライトノベルではなく、漫画のノベライズではないのか」


 と言われるかもしれない。


 しかし、漫画を原作とした外伝小説は、読者層や内容を考えれば、ほとんどライトノベルと言ってよいのではないだろうか。


 少なくとも当時の私にとっては、初めて強く意識して読んだライトノベルだった。


 その次に読んだのは、『テイル◯オ◯ジア◯ス』である。


 兄に『テイル◯オ◯デ◯ティ◯ー』というゲームを遊ばせてもらったことがあり、同じシリーズなら面白そうだと思って購入した。


 全六巻で完結するという短さも、小遣いの少ない子供だった私には魅力的だった。


 おそらく、この『ア◯ス』が、私が最も何度も読み返したライトノベルである。


 何度も泣きながら読んだ記憶がある。


 一度目では理解できなかった人物の感情や物語の意味も、読み返すたびに少しずつ見えるようになった。


 同じ作品を繰り返し読むことで、物語への理解だけでなく、文章を読み取る力そのものも深まっていったのだろう。


 その後は、学校の図書館に少数だけ置かれていた『少年◯陽師』や『龍と◯法使い』なども読むようになった。


 どれも心に残る名作である。


 改めて思い返してみると、私が好きになった小説には、運命や人生、幸福とは何かを考えさせる作品が多い。


 当時はそこまで意識していなかったが、今の私の価値観や考え方には、間違いなくそれらの作品が影響している。


 物語を読んで感動した記憶は、その場だけで消えるものではない。


 時間が経ってから、自分の考え方や選択の中に、形を変えて現れる。


 そう考えると、読書体験は確かに人生の糧なのだと思う。


 そして、そのような体験を受け取るには、文章を最後まで読み、理解しようとする力も必要だった。


 私の場合、その力は最初から備わっていたわけではない。


 分からない漢字を雰囲気で補い、長い文章に何度も挑み、同じ作品を繰り返し読む中で、少しずつ育っていったのである。


 ……と、ここまで読書遍歴を振り返ってきたが、現在の私は、以前と同じように文章を読めているのだろうか。


 現在は、小説投稿サイトで膨大な作品を無料で読める。


 更新も早く、短い時間で楽しめる作品も多い。


 スマートフォンを開けば、短く、軽く、分かりやすい物語を、すぐに読むことができる。


 非常に便利な環境であり、私自身も大いに利用している。


 しかし、便利な環境に適応するほど、長い説明を読むのが面倒になる。


 複雑な設定を覚えることが負担に感じられる。


 少し文章が硬いだけで、読む速度が落ちる。


 かつて時間をかけて育てたはずの「読む力」が、軽く速く読むことへ適応した環境の中で、少しずつ使われなくなっているのかもしれない。


 書籍化された作品には、編集や推敲を経て、商品として整えられた読み応えがある。


 もちろん、書籍化されているから必ず優れているわけではないし、投稿サイトにも完成度の高い作品は数多く存在する。


 それでも、一定の長さや密度を持つ文章を読む経験には、手軽な作品とは異なる価値がある。


 小説投稿サイトばかり読んでいると、本来は「ライト」と呼ばれているはずのライトノベルでさえ


「重い……」


 と感じるようになる。


 ついには


「こんなに頭を使わせる作品が、ライトノベルを名乗るな!」


 と言いたくなるほどである。


 もちろん、ライトノベルが急に重くなったわけではない。


 軽く、速く、負担なく読むことへ最適化された環境に、こちらの読書感覚が慣れてしまったのである。


 文章の重さは、作品だけで決まるものではない。


 普段どの程度の文章を読んでいるかによって、同じ作品でも軽くも重くも感じられる。


 これが、今回の題名を『ライトノベル?』にした理由である。


 私は子供の頃、分からない文章へ何度も挑戦することで、小説を読む力を育てた。


 しかし現在は、読みやすい作品を選び続けることで、その力をあまり使わずに済む環境へ、自分から適応している。


 読む力は、一度身につければ永久に変わらないものではない。


 使わなければ鈍り、負担を避け続ければ、以前なら楽しめた作品まで重く感じるようになる。


 だからこそ、時々は書籍化された小説を手に取り、少し長く、少し複雑で、少しだけ頭を使う物語を読むことにも意味があるのだと思う。


 読書体験は、人生の宝だ。


 自分にとって何が大切なのかを思い出させ、時には、自分が何者なのかまで考えさせてくれる。


 もっとも、若い頃は小説に熱中しすぎて活字中毒ぎみになり、読んでいない時間には


「自分とは何なのか」


 と、なぜか哲学的な方向へ思考が飛んでいくこともありましたが(笑)




 皆さんもライトノベルが重く感じるようになる前に、書籍化された小説をたくさん読みましょう。


 きっと、有意義な時間になるはずです。




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― 新着の感想 ―
いやぁ、ライトじゃなくなってるからかな、テンポは軽いんだけどね。 文豪の難解さとライトノベルの難解さって構造が似ているんだよ。 文豪: ・語彙が難しい ・文体が古い ・抽象度が高い ・情緒や思想を重視…
2026/08/04 07:04 通りすがり
同じ傾向のばかり読んでいると?そういう事あるあるですー私はライト、もといなろう系を読みつけてなくて日本語なのにさっぱり!理解できません。たまに読んでも「で?」以外の感想がない。訓練した方が良いのでしょ…
2026/08/01 18:36 伏せる必要ないような
楽しく拝読しました! 「自分とは何なのか」と考え始めるくだりに、とても共感しました(笑) 私も振り返ってみると、原体験になった作品は漫画では『はだしの◯ン』『夏子の◯』『北斗の◯』『蟲◯』、ライト…
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