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異世界警備員  作者: 桃馬 穂


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第7話「工事現場での通行問題 ― 流れる川のように」

 レザムーア王国の首都ケイルハーベン。その北門へと続くメインストリートは、朝の光が差し込むと同時に、かつてないほどの怒号と騒音に包まれていた。

「いい加減にしろ! いつまで待たせるつもりだ!」

「この荷物は鮮度が命なんだ! 門を閉ざしたままでどうやって商売をしろと言うんだ!」

 慎吾シン・タナカは、現場の最前線で、押し寄せる馬車と群衆の圧力に真っ向から向き合っていた。現在、北門付近では王宮へと続く重要路の拡張工事が行われており、工期の短縮を優先した結果、道路の全面封鎖が数日間にわたって続いていた。

 慎吾の脳内にある「ガーディアン・システム」は、現場の状況を冷静に、そして非情なまでの論理性をもって分析し、視界に情報を投影していた。

(渋滞の列、後方500メートル。滞留している馬車数、80台以上。歩行者、推定300名。群衆のストレス指数、85パーセント。一触即発の事態まで残り10分……)

 慎吾は冷や汗を拭った。この世界には「交通誘導」という概念が希薄だ。工事は「壁」を作って人を遮断するもの。それがレザムーアの常識だった。

「親方! このままでは暴動が起きます! 門を一部開放しなければなりません!」

 慎吾は現場の指揮を執るガルフに叫んだ。 ガルフは赤ら顔に怒脈を浮かべ、太い腕を振り回して応じた。「馬鹿を言うな、シン! 工事の真っ最中だぞ。石材が空を飛んでる場所をどうやって通せってんだ。死人が出たら、それこそ俺の首が飛ぶわ!」

 ガルフの言葉は、この世界の「職人の正論」だ。安全のために人を近づけない。至極単純な論理。しかし、慎吾は現世で学んだ「警備のプロ」としての視点を持っていた。

(違う。本当の安全管理とは、壁を作ることじゃない。人々の生活と、工事の安全を共存させるシステムを構築することだ)

 慎吾は現世でのIT経営者時代、複雑なデータの通信量トラフィックをいかに滞りなく処理するかという「スループット(処理能力)」の最適化に明け暮れていた。その論理が今、物理的な交通問題の解決策として結びついた。

 *

 慎吾は群衆の罵声を背に受けながら、ガルフと、視察に来ていた開発局次官のエリザベートを工事の仕切り線の内側へ呼び寄せた。

「親方、エリザベート様。現状を打破する唯一の解決策があります。『カタコウ(片側交互通行)』の導入です」

「カタコウ……? 何だそれは」ガルフが怪訝そうに眉をひそめる。

 慎吾は地面の砂の上に、即座に図解を描き始めた。

「いいですか。現在は道路を10:0で工事に使っていますが、これを5:5に分けます。半分を工事エリア、もう半分を通路として残すんです。そして、その一本の通路を、北から来る馬車と、南から来る馬車で交互に共有させます。一方が通っている間、もう一方は待機。一定時間が過ぎたら入れ替える。これを繰り返します」

 エリザベートが知的な瞳を細め、図を指差した。「興味深い発想ね、シン。でも、その『入れ替え』のタイミングをどうやって合わせるの? この通りは100メートル以上あるわ。端と端で合図を間違えれば、通路の真ん中で馬車が鉢合わせして、余計に混乱するだけよ」

「その通りです。だからこそ、我々警備員の連携が必要になります」

 慎吾はリオと、新人のミアを呼んだ。

「リオは北側、ミアは南側。私が中間地点で全体を統括します。旗の合図を完全に同期させ、交通を制御するんです」

「……できるのか? そんな曲芸みたいな真似が」ガルフが不安げに問う。

 慎吾の答えに迷いはなかった。

「できます。いえ、やらなければなりません。それが、街を守る警備員の責任です」

 *

 実地訓練を兼ねた運用が開始された直後、慎吾は自身の精神的な壁に直面した。

「おい、早くしろと言ってるだろ!」

 一人の荒くれ者の御者が、慎吾の胸ぐらを掴み上げた。酒臭い息と、剥き出しの敵意。周囲の群衆もそれに呼応するように、一斉に慎吾たちを罵倒し始める。

(心臓が……うるさい……)

 慎吾の耳の奥で、ドクン、ドクンと激しい鼓動が鳴り響いた。パニック障害の予兆だ。大勢の人間に囲まれ、悪意を向けられる状況。現世で会社を潰し、債権者たちに罵倒されたあの日のフラッシュバック。

(視界が狭くなる。呼吸が……浅い。ダメだ、ここで倒れたら、リオたちが、街の安全が……)

「シン! しっかりしろ!」

 ガルフの大きな手が慎吾の肩を叩いた。

「お前は自分を責めすぎだと言ったろ。周りの声なんて気にするな。お前がやるべきことは、この『カタコウ』を成功させることだけだ!」

 慎吾は大きく深呼吸をし、震える手で誘導棒を握り直した。

「『警備員のせいで事故が起きるなど言語道断だ』……それが私の、唯一のルールです。リオ! 準備はいいか! 赤旗を高く上げろ! 南側の動きを完全に止めろ!」

 慎吾の鋭い指示が飛ぶ。

「はい、師匠!」

 リオが訓練通りに赤旗を掲げる。一瞬の静寂の後、馬車の列が止まった。慎吾が中間に立ち、反対側のミアに合図を送る。少しずつ、しかし確実に、交通という名の「川」が流れ始めた。

 *

 その日の作業は辛うじて事故なく進んだが、慎吾は決定的な「欠陥」に気づいていた。

 工事の騒音と風の音にかき消され、100メートル先の仲間に声が届かないのだ。旗の動きだけでは細部が掴みきれず、馬車の一台がわずかな合図の遅れを「進んでよい」と誤認し、あわや接触事故という場面があった。

(致命的だ……。このシステムを完璧に運用するには、両端の警備員が一秒の狂いもなく意思疎通できる手段が不可欠だ)

 現世での「無線機」があれば。

「車両接近、流します」

「了解、こちら側も停止を確認」。

 たった数秒のやり取りがあれば、この現場は完璧な秩序を取り戻せるはずなのだ。

(魔法の力を使って、遠く離れた仲間と声を共有する道具。それを作らなければ、真の安全は完成しない)

 慎吾は、傍らで見守っていたエルフの魔導士、ルナ・スターライトに視線を向けた。

「ルナさん、相談があります。……魔法で、『声』を遠くへ飛ばし、複数の場所で共有することは可能ですか?」

 ルナは不思議そうな顔をしながらも、慎吾の瞳にある「切実な使命感」を感じ取り、小さく頷いた。「声の魔法を魔石に固定するということかしら。理論上は面白いけれど……」

 この瞬間、後にレザムーア王国の現場に革命をもたらす魔法通信装置「マジックコム」の開発が、産声を上げたのである。

 夕暮れ時、撤収作業を終えた慎吾にガルフが歩み寄った。

「やるな、シン。あんたの提案のおかげで、今日は暴動も起きず、工事も進んだ」

「……不十分です。明日からは、もっと正確な『合図』が必要になります」

 慎吾はそう答えながら、手帳に「通信距離」「感度」「同時通話」といった、この世界にはまだ存在しない概念を書き連ねていた。

【届かない手紙(第7話)】

 大翔、咲良へ。

 お父さんは今日、こちらの世界で「カタコウ」という新しい警備の方法を始めました。

 道路を半分だけ使って、車を交互に通す方法です。

 今日はお父さんの指示が仲間にうまく届かず、もう少しで事故が起きるところでした。お父さんは怖かった。自分の判断一つで、誰かの大切な家族を傷つけてしまうかもしれない。その責任の重さに、足が震えました。

 大翔、咲良。お父さんは昔、君たちに「待つことの大切さ」を教えたことがありましたね。

 今日、街の人たちに「待ってください」とお願いしながら、お父さんはずっと君たちのことを考えていました。

 君たちは、僕が帰る日をずっと待ってくれている。あの約束を果たすために、僕は絶対に戻る。

 そんな長い「待ち時間」を強いているお父さんに、人を待たせる資格なんてないのかもしれない。

 でも、待った先には、必ず安全な通り道がある。お父さんは、それをこの世界で証明したい。

 そしていつか、君たちが待っていてくれた長い時間の先に、最高のご褒美としての「誕生日ケーキ」を持って現れることを、改めて誓います。

 もう少しだけ、お父さんを信じて待っていてね。愛しているよ。

 約束は変わらない。ケーキは二つ。必ず帰る。

【第7話 完】


第7話:執筆後記「『待つ』という時間に込めた祈り」

第7話をお読みいただき、ありがとうございます。 今回は、警備の現場でも非常にポピュラーな「片側交互通行カタコウ」の導入を描きました。


1. 物理的な壁を、論理的な流れへ

異世界において工事現場は「通行不能な障害物」でしかありませんでした。そこに慎吾が「時間差で共有する」という概念を持ち込みます。 かつてITの世界でデータのトラフィックを捌いていた彼が、今度は生身の人間と馬車の流れを捌く。この「情報の交通整理」と「物理的な交通整理」のリンクは、本作における慎吾の大きな武器の一つです。


2. 震える手で握る誘導棒

今回、慎吾は暴徒化した御者に胸ぐらを掴まれ、パニック障害のフラッシュバックに襲われます。 彼は決して無敵のヒーローではありません。過去に折れた心を引きずりながら、それでも「警備員としての職責」という一本の細い糸を頼りに踏み止まっています。ガルフ親方の無骨な激励が、慎吾を「今の自分」に繋ぎ止めるシーンは、二人の師弟関係を超えた絆を象徴させました。


3. マジックコム(魔法無線)の産声

現場の距離という限界が、新たな発明を促します。 「声が届かない」という現場の切実な課題が、魔導士ルナとの協力関係を生み出し、次話から始まる「マジックコム開発編」へと繋がっていきます。技術は常に、現場の「困った」から生まれる。そんな開発の醍醐味も今後描いていければと思います。

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