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第9話【過去】二つに一つの選択肢

 ヴィンター帝国の現在の皇帝陛下は調和と隣人愛を重視する人物だ。悪く言えば、日和見主義で長いものには巻かれる人物。

 平時であれば優秀な指導者である。

 この国の問題は、未だに皇太子が決まっていないことだ。


 この国には、皇位を争う兄弟が三人いる。

 第一皇子のパヴェルは軍人だ。冬の国の皇帝にふさわしく苛烈で強い人物。

 彼が皇位を継いだ場合、エリオットは自殺するように言われている。

 曰く、「反乱分子の芽は摘んでおきたい。だから自ら死ね。死なないなら俺が殺しに行く」と。


 第二王子のアレクシスは文官だ。甘いマスクと彼の得意魔法により、平民や爵位の低い貴族からの人気が高い。

 彼自身は優秀ではないが、彼を支える仲間たちが優秀だ。

 エリオット自身もアレクシスを推している。


 第三皇子であるエリオットは幼い頃に皇后であった母を亡くし、後ろ盾が亡くなったため皇太子争いからは脱落している……少なくとも、彼自身はそう考えていた。

 皇位継承権を放棄し、臣下の頂点を目指すと常々公言しているエリオットだが、現在の皇帝は彼の降下を認めていない。

 皇子たちの中で唯一、金髪碧眼を受け継ぎ、温厚な気質もまた自分に似ている。

 ――おそらく、それが期待の理由だ。

 皇帝はエリオットにこそ皇位を継いでほしいのだ。

 にも関わらず、直接的に「皇位を継いでほしい」と言葉にすることはない。

 皇帝が誰を支持するか明言したら他の皇子達や皇后、皇妃と対立するのは明らかだ。

 だからこそ「皇位継承権の放棄」の拒否、という地味な手段をもってエリオットに皇位を継いでほしいと主張をしているのだ。

 パヴェルもその事に気づいている。だからこそ、彼が皇位を継いだら「エリオットを殺す」に繋がる。

 皇帝を称する「日和見主義で長いものには巻かれる人物」という人物評はまさにこういうところを指している。


 そんな国内の情勢を踏まえて、彼女の未来を選ばなければいけない。

 騎士団で彼女の身柄を引き受けるか、拒否するか。


『騎士団への入団を拒否し、彼女を家に帰す』

 彼女は間違いなく、他国へ亡命するだろう。自分を助けてくれなかったこの国へ恨みを抱くかもしれない。

 国としては優秀な人間を失うというデメリットしかないこの選択だが、エリオット個人にとってメリットがあった。

 国外に共通の敵を作り出すことで、皇太子争いをしている場合ではなくなる。

 いかに尽力してもまとまらなかった兄弟の関係が、共通の敵の存在によって良い方向に変わるかもしれない。

 敵にまわったとしても三人の兄弟が力を合わせれば打ち勝てない相手ではない。

 抵抗の余地もなく国が滅ぶほど強い訳では無い、かといって国の脅威として認識される程度には強い。国に対して恨みを向けてくれる可能性もある。

 彼女はエリオットの理想とする「共通の敵」そのものだ。

 今日の会合を無かったことにして、彼女を亡命させる。

 それだけでエリオットが喉から手が出るほど欲しかった「家族愛」とか、「長兄を皇帝にしながら自分も生存する」という人生が手に入るかもしれない。


『騎士団への入団を許可する』

 国にとって選ぶべきはこちらである。

 教育を受けていないのにワゴンを粉々にできる強力な力は欲しい。訓練次第では国にとって強力な矛となり盾となる。

 騎士団のマントを閃かせ、そこに居るだけで敵国から恐れられる未来。

 傭兵、騎士、魔術師……どの職業であっても彼女の魔力は役に立つ。

 彼女がこの国を守護する、それだけで他国への牽制材料になり得る。


 その反面、国内は不安定になるだろう。ギリギリのパワーバランスで成り立っている今の政治的均衡が崩れる可能性がある。

 二人の兄は彼女を欲しがる。彼女の争奪戦が元で内乱が発生しかねない。

 それほどまでに、彼女の力は強力だ。扱い方を間違えれば国が滅ぶ恐れすらある。


 ふと、彼女を見た。

 痩せていて、ちっぽけな少女はベンジャミンが持ってきた具なしのシチューをはふはふと食べてるところだった。


「うまいか?」

「うん、うまい!」


(なんだ、悩む余地なんてなかったな)


 その光景を見ていてふ、と笑った。

 エリオットは自分に存外甘いところがあると今日初めて気付いた。

 知り合った少女が自分の選択で不幸になるのを許せるほど、心無い人間ではなかったようだ。


「騎士団への入団を許可する」


 隣でベンジャミンがひどい顔をしていた。苦虫を口に放り込まれたような顔だ。

『また面倒なこと引き受けやがって』と顔が如実に語っていたが、従者なのだから付き合ってくれるだろう。


 何が彼女にとって幸せなのかは分からない。

 もしかしたら、他国に亡命したほうが、たとえ無理をしてでも傭兵ギルドに加わったほうが、彼女にとっては幸せだったのかもしれない。


 ただ、自分の手の届く範囲にいるうちは。

 ご飯を食べて「美味しい」と笑えるような――この光景を守ろうと、そう思ったのだ。



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