外伝3「23.5話」
これの後くらいに起こった出来事のはなしです。
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(モーリスがアナスタシアを馬車で送って帝城に戻った後の話)
珍しいこともあるんだな、とベンジャミンは眉をひそめた。
普段は冷静なモーリスが、主君に声を荒げている。しかも――保健室でも寝室でもなく、公然の場でだ。
モーリスがキンキンと高い声で主君の「何か」を非難しているらしい。
主君はベンジャミンが近づいてきたことに気づくと、言葉少なく伝えた。
「新しい妃候補を見つけたよ」
エリオットのその言葉に、ベンジャミンは思わずガッツポーズをした。彼の頬に涙がつーっ、と伝う。
その光景を見て、エリオットとモーリスはぎょっとしてしまった。
彼らが見た初めてのベンジャミンの涙だ。なにせ彼はアリアナが死んだときですら二人の前では泣かなかった。
「ようやく……!! 何度結婚を急かしても『アリアナ以外無理』と言い張っていた陛下に春が……!! どこのご令嬢が殿下の心を射止めたのですか?」
ベンジャミンの興奮した言葉に、エリオットが隠す様子もなく告げる。
「コルデー家の子だよ」
「コルデー……はっ、エカテリーナ嬢ですね!?」
ベンジャミンの顔がぱっと輝く。陛下に春が来た。そう信じて疑わない顔をしていた。
「美人で評判の長女!既婚ですが、その程度で諦めるようでは従者失格! このベンジャミン、命を懸けて――」
熱く語るベンジャミンを見て、モーリスがふ、と鼻で笑った。
「長女じゃなくて、末っ子のほうよ」
末っ子、その言葉に先程まで饒舌に語っていたベンジャミンが固まる。
追い打ちをかけるようにモーリスが残酷な真実を告げた。まるで、死刑宣告でも出すように。
「今、十三歳」
「どんな手を使ってでも結婚させてくれるなんて、さすが僕の従者は優秀だなぁ。頼りにしてるよ」
エリオットはのんびりとそう言って、何の屈託もない笑顔を咲かせた。
「…………は?」
告げられた情報に、一瞬、脳が処理を拒否した。
気づきたくない。
そんな、主君の目が、アリアナへの届かない手紙を書いているときと全く同じ目をしている、だなんて。
ベンジャミンの背筋にゾッとしたものが走る。彼の勘はよく当たるのだ。
「……で、そのお嬢さんに何をなさったんですか?」
「魔力を流し込んだよ。ちょっと気絶しちゃったけど」
まともに訓練をしたこともない十三歳に無理やり魔力を流し込むなんて所業、皇帝陛下でなかったら懲罰ものだ。
「心配だったから、位置情報と盗聴魔法もつけておいた。……ねえ、普通だよね?アリアナの時みたいなことがあったらすぐに助けたいし。可愛い子には見守りが必要だもんね?」
エリオットは笑っていた。だが、目の奥には氷のような冷たさが横たわっていた。
「何言ってんの。あんなに『愛情と栄養をたっぷりもらって育ちました〜』って顔してたじゃない、あの子」
「コルデーってことは近衛騎士のユリスの妹でしょう。”忠義の騎士”のユリスがブレメアのような事をするとは思えません」
モーリスが肩をすくめ、ベンジャミンもモーリスの意見に賛同する。
だが、その意見を受けてもなおエリオットは、どこか遠くを見つめるように呟いた。
「……それでも、僕は“もし”を許せない」
目がぞっとするほどの冷たさを孕んでいた。それは、かつて地獄を見たからこその発言だった。
(アリアナの死後に起こった地獄絵図を思い出せば、あながち否定もできない。陛下がストーカーのような真似をするのもまあ、無理はない……いやそんなわけあるか!)
なんとか自分に言い聞かせようと思ったが、無理だった。
どう言い繕っても変態であることには変わりない。
死んだ女に何年も執着していると思ったら、次は子どもだと。
いつのまに主君はロリコンになっていたんだ。ふざけるな。そんなふうに育てた覚えはない。
転職したい。切実に。
だがこの国には「皇帝の第一理解者」である自分にほかの転職先など無いことを理解していた。
どうせ転職先を探したところで、エリオットに事前に潰されるんだ。
自分の人生が、狂気の皇帝を支える役職に最適化されてしまっているという事実が、今さらながら骨身に染みた。
灰になっているベンジャミンを無視してエリオットとモーリスが言い合う。
「あの子を本当に妃にするつもりなの!?」
「ああ」
「何考えてんの!?今日はじめて会ったばかりの子でしょ?」
「……モーリス。君も「今日はじめて会ったばかりの子」にしては向ける情が随分厚いんじゃないか」
エリオットのその言葉に、モーリスが下唇を噛んだ。
唇に塗られた「アリアナ・カラー」が歪む。モーリスなりの弔いの色が。
「あの子のこと、アリアナの代わりにするつもり?」
そうするなら許さない、とモーリスの目が語っていた。
モーリスの鉄製の右腕にぎゅう、と力が込められたのが分かる。
あれで殴られたら痛そうだ。
「まさか」
ふ、とモーリスのその言葉を鼻で笑った。
脳裏をよぎる。先程の保健室での会話。
「死にたくない」と顔をくしゃくしゃにして泣くアナスタシア。
同い年だった頃のアリアナは『死にたいんですよ』と諦念を含んだ表情で言っていた。
二人は違う。生まれ変わりだなんて、そんな都合の良いことあるはずがない。
だってアリアナは自分の前で一度だって泣いたことがなかった。
そんな簡単に泣くはずがない。そう、自分に言い聞かせた。
「アリアナは「死にたくない」って泣いたりしないでしょ」
そう言いながら、どこかで自分の声が揺れているのがわかった。
(なら、どうして。僕の本能はこんなにも「手放すな」と訴えているんだろう)
――どうしてだろう。あの子がこちらを見た時の目が、今も網膜の裏に焼き付いて離れない。
昔のアリアナが、「殿下」と呼んでくれたのと同じ、あのキラキラとした目が。




