第61話【現在】家族、あるいはマッチポンプな”かし”を得る方法について
私は数日間眠っていたらしい。
腹に風穴が空いたのだ。むしろ数日間寝ていただけで済んだのが奇跡だ。
「陛下、離れてください」
「……」
「兄と妹の感動の再会です」
「……」
「邪魔です」
「絶対離れない」
ちっ、とお兄様の舌打ちが聞こえた気がした。
なんの罰ゲームだろう。私を抱きしめた状態で陛下とお兄様が睨み合っている。
青と赤の火花が散ってる気がする。人の頭上で喧嘩するの、本当にやめてほしい。
「そんな近づいてたらちゅーってしちゃうんじゃないのぉ?」
モーリスが誂うように言う、ふたりとも凄く嫌そうな顔をしたけど、それでも私を抱きしめたままだった。
二人に抱きしめられるのはあったかいから別に良いんだけどさ。
「一部にすごい需要がありそうですね」
“忠義の騎士”×”暴虐皇帝”、いや、逆か?その場合、どう考えても私が邪魔だ。
陛下に凄く睨まれた。お兄様は生暖かい目で見ている。
「陛下はすぐ睨んだり圧かけてくるけど、お兄様はそんな事しないから好きです」
そう言えばお兄様は眦を下げて笑った。前髪のせいで片方しか見えてないけど。
「……ところで、アナはあの状態の陛下をどうやってとめたんだ?」
お兄様からの問いかけに、私と陛下が固まる。
「お兄様、ちょっと離れてて」
そう言うと、お兄様は壁の隅まで離れてくれた。大変妹に甘いお兄様である。
私は陛下と顔を突き合わせて作戦会議した。
「……言ってもいいですか?」
「良いわけないでしょ!!!!!」
陛下が器用なことに小声で叫んだ。
「『十三歳のお風呂を盗聴してシコるって、どんな気持ちですか?』って言いました!」
……って、お兄様に言ったらどうなるだろう。
反応を想像してみて、やめた。せっかく帝国崩壊の危機から救ったというのに、第二の危機が訪れるだけだ。
んー、とまぶたを伏せて考える。
この場を切り抜ける手段はあるけど、ちょっと恥ずかしいのだ。
「穏便にすませたいなら、”貸し”ひとつですよ?」
「いいよ」
お兄様を近くに呼んだ。
そして、エミリアそっくりにとびきり甘く、夢見る乙女のフリをして言った。
「『陛下、だぁいすき♡』……って言ったら止まってくださいました!」
「へえ、陛下って結構ちょろいところがあるんですね」
ユリウスお兄様はまったく興味なさげに言い放った。
「でもな、アナ。兄は今後ああいう危ないことは許可しないぞ」
続けて私に言った言葉には「心配」とか「愛」とかをさんざんにじませた口調だった。
だから私は可愛い妹らしく「はぁい、お兄様、ごめんなさい」と言っておいた。
それを聞いた陛下は……拳をぎゅう、と握りしめていた。指先が白くなるほど。
顔には「この兄妹は本当によぉ……!」というイライラが滲んでいる。
……だぁいすき。って陛下に向けていってるの、気づいてない?
***
ばぁん!と部屋の扉が開けられた。
入ってきたのはミルクティー色の髪を持つ豊満な美女――私の姉であり、コルデー家の長女であるエカテリーナ、――カーシャお姉様だ。
「アナ! 怖かったわね……!!」
挨拶もそこそこに、ぎゅうううう、と痛いほど抱きしめられる。
お姉様もコルデーの筋肉至上主義を受け継いでいるのだと納得してしまう程の力だった。
「アナ〜! 大丈夫だったか! 心配したんだぞ!」
「わー、陛下だ」
「わー、学園総帥だ」
続けてコルデー家の他の男達も入ってきた。姉弟大集合である。
「もう大丈夫よ、姉さまと一緒にコルデー領に帰りましょうね。怖いことはもう無いからね」
「それはできない」
私が、止める前に陛下が口を出した。
陛下、それ、だめです。
お姉様はギッ!!! と陛下を睨むと、口を開いた。
「おだまりッ!!!!!!!!」
オペラ歌手のようなお姉様の凄まじい声量に、病室のガラスがビリビリと揺れ、陛下の前髪が突風でも吹いたかのように揺れた。
事前に察知していた兄たちは耳を塞いでいたが、「これ」が来るとは思わなかった陛下はモロに食らっていた、私は抱きしめられたままだったので、耳をふさげなくてくらくらきた。
「姉さまといっしょにしばらく海外で傷を癒やしましょう。春の国の温泉とかどうかしら」
「俺も護衛として行く。長期休暇を申請する」
姉の発言に賛同するのは次男のユリウスお兄様だ。
「おいおい、お前の仕事は陛下をお守りすることだろ」
呆れたように言うのは、長男のテオドール、テオお兄様。
「初めての妹の海外……初めてづくしの妹の体験、それを見られないなら仕事をしている意味がない」
「お前、そんなタイプだったっけ?」
「「陛下(学園総帥)ー! ロリコン疑惑があるってマジー?」」
続いて三男のウィル、四男のリアムの無邪気な声が陛下にダイレクトアタックを決めた。
(この家族はよぉ……!!って感じの顔してる)
陛下の額に青筋が浮いている気がする。怖くて見えないけど。
「これ」が未来の義理の姉、弟になるのちょっと嫌ですよね。
コルデー家、皇帝陛下に対して無礼が過ぎている気がする。ほんとすみません。
このままでは本当に春の国に旅行させられてしまう、そして、家族たちの反応を見るに二度と帰ってこられなさそうな気がする。
私はお姉様に抱きしめられたまま、陛下をちょいちょい、と呼ぶ仕草をした。
陛下は素直に近づいてきた。手のひらをだせ、とジェスチャーする。素直に従ってくれた。
そのまま、陛下の手のひらに文字を書いた。
『かし ふたつ で おさめます』
陛下はちょっと驚いたような表情をして――、続けて、私の手のひらに文字を書いた。
『ひとつ に まけて』
『こうしょう けつれつ』
私は陛下の手の平にそう書いて、ぷい、と顔をそむけてカーシャお姉様の豊かな胸に顔を埋めた。
だけど続けて、また文字が書かれた。
『ふたつ で どうぞ』
陛下の顔を見てみたら「しょうがないな」みたいな、ちょっとニヤけた顔をしていた。
どうみても恋人同士の戯れにしか見えないが、私を抱きしめたままのお姉様は気づかない。
他の兄弟たちは気づいたようで、こちらをニヤニヤしながら見ている。恥ずかしい。
姉の理不尽に勝つには、理論とかで説得するのは無理なのだ。
必要なのは花火と同じく、人間の感情である。
「好きな人が出来たから、”ここ”にいたいのです」
私は、そっとお姉様の耳元で囁いた。
お姉様はそれだけで分かってくれたようで、「あらぁ……!!」「まあまあ!!」と花咲くように笑ってくれた。
コルデー家はカーシャお姉様さえ落とせば、あとは簡単だから残りは陛下に頑張ってほしい。
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