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第60話【現在】再会、あるいは赦し

 うわあ、死んでなかった。

 知らない天井を見つめて、そう思う。

 アナスタシアの体に転生してからまだ三年しかたってないのに、知らない天井見てびっくりする経験が多すぎる。

 すこしの間ぼーっとして……することないなって思った。

 腹筋を使って起き上がろうとして、腹に激痛が走り、一度横を向いてから腕の力で起き上がった。


 ――途端に、陛下が視界に入る。

 ベッドサイドテーブルに行儀悪く肘をついてこちらを見ている。

 乱れた黒髪、光の加減で濃く見える青い瞳はこちらにじとーっとした粘着質な視線をやっているが、そういう目つきすらも彼がやると格好良く思えてしまって、一瞬、呼吸を忘れた。

 いつからいたんですか、びっくりした。そう声が出る前に、陛下から声がかかる。


「君、アリアナだろ」

 それは疑問じゃない。確信に満ちた響きだった。

「え、」

 突然言われて、どうしていいかわからなくなった。

「そうですよ」って言ってもいいけど、その後突然刺されたりしないかな。

「何言ってるんですか?シコりすぎて魔力逆流しました?」とからかう?……だめだ、処刑台に薔薇が飾られることになる。

「違います」……うん、やっぱりこれが無難な気がする。今の私はアナスタシアなんだし。


 でも、私が言葉を放つ前にぎゅう、と力強く抱きしめられた。

「この世界に僕を守ろうとする人間なんて、もうアリアナくらいしかいないよ」


 ……それを聞いて、諦めることにした。

 あの「破壊」の力を見たあとに、陛下を守ろうとする人間は確かに居ない。

 だって、この人以上に強い人なんて存在しない。

 私が守らなくてもなんとかなっていたと思う。

 それでも私が守ってしまったのは、前世の騎士としての反射だった。

 後先考えずに動いた私が全部悪い。


「なんで、わかったんですか」

 だから私は、肯定する代わりにそう返した。ぎゅう、と陛下の腕に力が込められたのが分かった。

「真っ当に育った貴族のお嬢様が、グロテスクな祭りを見たあとに串焼きを大口開けて食べるわけないでしょ」

 それは、陛下と「社会科見学」をした時の思い出だ。

 あの時やたらとニマニマしてたのは、確信を得ていたからか。

「……あと百個くらいあるけど、全部聞く?」

「結構です」

 だから私も、陛下を抱きしめ返すことにした。


「言っとくけどさ……」

「はい」

「僕は謝らないぞ。……あの時、君に行かせなかったら国は滅んでた! 何度考えてもあれは国にとって最善だったんだ」

 震える声が、空気を裂いた。

 力強くて、でも、どこか自分に言い聞かせるような……そんな声。


 私が「もしかしたらあったかもしれない未来」を探していたのと同じように、

 陛下も、「私も国も生き残る未来」を探して、ずっと後悔してたんだろう。

 でも、結論として――「アリアナ、エリオット皇子、国」全てが生き残る都合の良い未来はなかった。


 ちらりと、抱きしめられたままの状態で視線だけ動かして陛下を見てみたら、滂沱の涙を流していた。

 拭うこともせず、目を見開いて前だけ見てた。

「謝らない!」って言いつつ、後悔して泣いてるの、言ってることとやってる事が矛盾してる。

 陛下の涙を生で見たのは初めてだった。

 顔がいい人は泣いててもかっこいいから、ずるいと思う。


「殿下の……陛下の判断は正しかったと思います」

 私は一度死んだけどこうやって再会できて、陛下も国も存在している。

 だから笑って言ってやった。


「結果的には上から二番目くらいに良いルートを引けたんじゃないかなって思ってますよ」


 それに、と言葉を続けた。


「私はあなたを恨んだことなんて……ただの、一度もありませんでした」


 笑って殺しやがったあの男――と思ったことはあったけど、その判断を間違いだなんて思ったことはなかった。

 これは本心だ。陛下に伝われば良い。

 私は、死ぬ間際も死んで生き返ってからも、陛下への敬愛が崩れたことなんて一度もなかった。

 そう自信を持って言える。

 だって、帝都に来ずにコルデー領に残る選択肢だってあった。

 陛下に見つかった時点で他国に逃げ出すことだって出来た。

 嵐の中、陛下のところまで行かずにお兄様と一緒に逃げる選択肢だってあった。

 無数の選択肢の中で、生き直した私が選んだのは結局、陛下のそばにいることだった。

 それが答えだ。アリアナも、アナスタシアもどちらも陛下が好きなのだ。


「一度も?」

 耳元でぐずぐずと鼻をすする音が聞こえる。

 陛下の声は、まるで信じられないものを聞いたようだった。

「ええ」

「君ってお人好しって言われない?」

「敬愛する主君に、”化け物”って内心思われてたことなら」


 そう言えば、陛下はちょっと気まずそうに笑った。

 私も、つられて笑った。

 そんな気まずさすら愛おしいと、そう思ってしまった。


いつもご愛読ありがとうございます。

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