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第54話【現在】前触れ、あるいは災厄の序章

 次の日にはローアがお見舞いに来てくれた。

 あんなに怖い思いをしたのに友達関係を続けてくれるのだから、本当にいい子だと思う。


 驚いたのは卒業後、一度コルデー家で騎士として経験を積みたいとユリウスお兄様にお話した、という。

 しかもお兄様も結構前向きなのだとか。


「陛下の騎士になるのが夢なんじゃないの!?」


 陛下の騎士から侯爵家の騎士、はちょっと格が下がる。


「アナスタシア様。貴族学校を卒業したら、僕は追加で士官学校へ行こうと思っていました。士官学校で研鑽を積む二年間と、アナスタシア様をお守りする実務、得るものは違えど、重さは同じです」

 どうやら彼女は、すでに”私”を主君と定めているらしい。


 どうやらこの間の事件を、「自分よりも年下の貴族のお嬢様に庇われた」と思っているらしい。

 本来であれば首を落とされても致し方のない所業であったのに、夜通し陛下を説得してくれたに違いない、と。

「そんなことはない」といくら言っても「いいんです。アナスタシア様、僕は分かってます」みたいな顔をされたので、もう放っておくことにした。


「主君に敬語で話されるのはちょっと……」

 と言われたので、私は敬語を外した。

 この間までの「先輩」と「後輩」関係の口調が逆転して、ちょっとむずむずする。


「士官学校へは行ったほうが良いと思うけど」

「アナスタシア様の方で実践経験を積むほうが、僕にとっては必要と思ったのです」

「陛下の側で剣を振るうのが夢って言ってたのに」

「……あなたがもし、これから先、陛下のそばに立つ立場になったとして。その時に信頼できる騎士が必要でしょう」


 彼女の瞳はキラキラとしていた。そこには夢を諦めたものの暗さは無く……むしろ、追加で夢を見つけた。そんな輝きがあった。

 ふぅん、とちょっとだけ意地悪な気持ちが湧いてきた。


「それじゃぁ、私が「陛下なんて嫌い!夏の国に亡命する!」って言い出したらどうするの?」


 昨日実際に起こりかけたことだ。

 そんな私の意地の悪い質問にも、ローアは笑顔で答える。


「まずはアナスタシア様からお話を聞きますよ。どこが嫌いなのか、何が許せないのか。……そのうえで陛下にご相談して、どうにかお二人が妥協できる点は無いか、見つけます」


 つまり、仲裁すると言っているのだ。

 確かにそれは、ローアにしか出来ないことかもしれない。

 お兄様だったら「陛下が悪い。お前は悪くない。よし逃げよう」ってなる未来しか見えない。

 他の騎士だったら困って「そんなこと言ってはいけません」と私を嗜めるだけだと思う。


「私がすごいわがまま言うかもよ」

「何度だって往復しますよ。お二人の間を。……陛下は、年下の奥様が言う、可愛らしい「お願い」受け入れないような心の狭い方ではないでしょう」


 なにせ、足は早いので。そう言ってローアは笑った。

 ちょっと人間が出来すぎている。

 私のことも、陛下のことも下げない言い方は、とても十五歳とは思えない。


「あなた、私の騎士になるにはもったいなさすぎるわよ」

「お褒めの言葉をいただき光栄です」


 ローアは胸に手を当て、まるで模範のような騎士の所作で会釈する。

 ……重心が三度ほどズレている。直したい。

 どこまでも真面目で、どこかぎこちない。鍛えがいがありそうだ。

 “私の騎士様”を欲しがったエミリアの気持ちが、少し分かる気がした。


 ……と、そこまではただの和やかなお見舞いだった。

 けれど、次の瞬間。

 途端に地面が一発大きく、突き上げるように揺れた。


「きゃあ!」

 ベッドの上に寝転んでいたのに、思わず怯えて縮こまってしまった。

 揺れとともにローアが私の上に覆いかぶさる。

 揺れは一発だけ、その後は響いてこない。


「アナスタシア様、大丈夫ですか!?」

「大丈夫、でも、なんだったんだろう」

 その後に続く揺れはない、地震ではなさそうだ。

 逃走経路を確保するためにローアがドアを開けた。


 続けて、脳みそをバイオリンの弦でこすられるような、不愉快な感覚。


「んー……!」

「外も同じ、ようです……」


 ローアも同じようで、不快感に顔をしかめている。


「ローア、逃げられる準備だけしておきましょう」

 それまでの病院着から、靴を履いて、動きやすい格好に着替える。

 そうしている間にもユリウスお兄様が来てくれた。

 お兄様はローアを一瞥し、既に外に出る準備が出来ている私を見てホッとした表情を見せた。


「逃げるぞ」

「何が起こってるんですか?」

「陛下がキレた。あれはもう無理だ。止められない。怒りで我を忘れて魔法が暴走している」


 無表情で首をふる。無表情なのに、どこか焦っているように思える。


「陛下がキレるって、最近割とよくあることですよね」


 十五歳の少年にもキレ、倉庫で襲われてた私を見てキレ、お兄様にもキレてた。

 あれ、陛下、最近キレ過ぎじゃない?


「今までの比じゃない。たぶんあれは、この国を潰すまで止まらない。五年前の”血の粛清”……あの時も兄は帝都にいたのだが、それを超えてる。だから逃げるんだ。」


 五年前の“血の粛清”――その名を出す時のお兄様の声は、わずかに震えていた。

 貴族の多くが粛清によって殺されたと言われている、あの事件。

 けれど、“それ以上”と断言されるほどの異常が、今この瞬間、起きている。


「そんなに、陛下を怒らせるような事が?」

 ローアのその問いを聞いて、一つ思い当たることがあった。

「もしかして、倉庫で私を襲った犯人の件ですか?」

「……春か、夏か、秋か。どこへでもいい、アナ。兄はお前の望む国へ瞬間移動する」


 私が問いかけるが、お兄様は鮮やかに無視した。


「質問に答えてくださいますか。答えてくださらないなら自分で見に行きます」

「……そうだ」


 ぎり、と歯噛みする音が聞こえた。


「勝手に当てますね。”誘われたのはこちらの方”と主張しているとか?」

「……陛下もギリギリまで耐えていた。だが、……アリアナ様のことも馬鹿にされたようで……」


 否定をしない、ということは私の推測はあたっていたのだろう。

 お兄様の言葉に、ローアが呆れたように「うわあ」と呟く。


「その人達、自殺志願者だったんですかね」

「馬鹿どもの自殺志願に付き合ってやるつもりはない」


 お兄様は本気で呆れている、といった口調で首を横に降った。


「お兄様は近衛騎士でしょう!?どうみても国の緊急事態ですよ! 陛下のもとに一刻も早く向かうべきです」

 私の中に残っている騎士がそう叫んだ。


「……兄が無策で突っ込んだところで、事態が止まるとは思えん」


 眉根をぎゅう、と寄せて苦しそうに言葉を絞り出す。

 話している間にも、周囲の気温が五度下がったようだった。

 部屋の中だというのに、吐息が白くなる。


「――だから、陛下が大事に思っているお前だけは安全なところに送るべきだと考えた。それは、兄にしか出来ないことだ」


 近衛騎士であり、アナスタシアの兄である彼だからこそできることだ。

 お兄様はきっと、私を安全なところに送り届けた後に陛下の元へ向かうのだろう。


「お兄様、私、陛下のことを止められます」


 自分でも驚くほど、声が強かった。どうかこの自信が伝わってほしい。

 お兄様の瞳が、わずかに揺れる。だが、すぐに拒否される。


「無理だ。お前がいくら甘えて『陛下のお嫁さんになる』と言ったところで、今の陛下に言葉が通じるとは思えん」

「違います! お兄様、私にしかできないやり方があるんです。お願い、信じて」

「絶対だめだ。陛下がいる位置が、台風になってるようなもんだ。そこに突っ込んでいくんだぞ」


 窓の外を見た。窓から見える先の建物を中心に紫色の分厚い雲が広がっていた。

 そこだけ他よりもぞっとするより暗い。

『見てはいけない』……本能的にそう感じる。


「なら、アナスタシア様。僕と一緒に行きましょう。騎士としての初仕事ですね」

 胸をどん、と拳で叩いてローアが言ってくれた。


「お兄様が連れて行ってくれないなら私、ローアと行きます! 止められても無理やり国外に出されても、引き返して行きますよ!」


 私はそう言ってローアの手を握る。


「必ず守り切ります!」


 お兄様がローアを見た。

 その時、窓にバァンッ!となにかが当たる音がした。

 私とローアが反射的に身をすくめ、お兄様は私達を庇うように立つ。

 窓ガラスの向こうに、一枚の看板が音を立てて滑り落ちるのが見えた。割れなかったのが奇跡だ。


「だめだ。……兄と行くぞ」


 これらが吹きすさぶ外にこの二人を出したら……、ならまだ自分のほうがまだ、と考え直したらしい。

 どうみても少年としか思えない彼女に、妹が守りきれるとは思えなかったらしい。


「……お前には三年早い」

 つまり、三年後だったらまかせてもいいかも、って思っていたのか。

 お兄様にしては随分と高い評価である。

「ローア、お前はコルデーのタウンハウスに行き、そちらを守れ。俺の弟達が脱走しないように見張っていろ。これも仕事だ。」

「拝命しました!」

 部屋の中に、元気に返事するローアの声が響いた。



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