第49話【現在】おふとんの精霊、あるいは暴虐皇帝
良い、すごく良い。めちゃめちゃ良かった……。
私はじんわりとした感動、そして達成感に包まれていた。
アリアナの時に追っていた大人気小説「双星の軍人」シリーズを最終巻まで読み切った。これを入れてくれていたベンジャミン、偉い、偉すぎる。
幼い頃に生き別れた兄弟がそれぞれ敵対する国で育てられ、戦場で再会する話だ。兄はどれだけ心を尽くして説得しても「国は捨てられない」と、弟に拒否されてしまう。弟は「他の野郎に殺されるくらいなら……!」と執拗に兄の命を狙う。
私が死ぬ前に発行された巻は、弟が笑いながら兄を殺しに来るシーンだった。そこで終わっていたから続きが気になっていたのだ。まさかあの、笑みにそんな意味があったなんて……!!本当に読めてよかった、あの状況からよくもきれいな形に完結に持っていってくれたと思う。
もしかしたらこの本が輸出されて割合が変わったのかな!?
はっ、と思いつく。そうであってもおかしくない。それくらい良い本だった。
……タウンハウスではユリウスお兄様のもと、時間管理がしっかりとされている。
門限は18時、晩ごはんは19時開始、お風呂は20時、消灯時間は24時。軍隊か!というほどの規律だ。
だから夜通し本を読む、なんて経験ができなかった。
コルデー領ではそこまで夢中になって読みたいと思えるような本が無かった。
陛下が寝てからぴったり六時間後に、背後でもぞりと動く気配がした。
振り返ると、陛下がどこかぼんやりした視線でこちらを見ていた。寝ぼけている。
「陛下、おはようございます」
ベッドの側に移動したら、そのままミノムシのように布団に丸まった。
「陛下?」
「消えたい。大人げない昨日の自分を思い出した」
どうやら「暴虐皇帝」ではなく、いつもの「皇帝陛下」に戻ったらしい。
「今何時?」
「朝六時です。もうちょっと寝ますか?」
「起きないとまずい。というか、寝てしまったのがまずい」
とは言いつつも、布団から出てくる気配はない。
「お仕事、そんなに忙しいんですか?」
「……うん」
おふとん越しにぽふぽふと陛下の頭を撫でた。昨日の続きのように。
「対人関係が面倒なんだ。どの派閥にもいい顔をしながら、こちらの主張を通さないといけない」
陛下の手だけがお布団から出ている。それがこちらに向かおうとして……、戸惑ったようにして墜落した。
「抱きしめたい。でも、昨日酷いことした僕にそんな権利無い」
「怖い陛下に抱きしめられるのは嫌ですけど、今はおふとんの精霊さんだから、いいですよ」
躊躇いがちに手が伸ばされて、ぎゅう、と抱きしめられた。
昨日ほどの生々しい熱を感じない。おふとん越しで本当に良かった。
「ずっとこのままでいたい。仕事したくない」
「嫌なこと言う人がいるんですか?」
「いっぱいいる。全員殺したいのを毎日我慢してる」
「意外です。”暴虐陛下”なのに」
ちらりと開けたままの扉を見てみたが、騎士たちが直立不動でこちらを見ていた。
「なにか」あったらすぐに入るからな!と言わんばかりにサムズアップされたので、安心して陛下に向き合った。
「アリアナに顔向けできないことは、しないって決めたんだ」
その言葉を聞いた私は、思わず息を呑んだ。
もしも陛下に嫌なこと言うやつがいたら……。
『え、陛下。あいつサクッと殺っちまいましょうよ。私殺っときましょうか?』
あるいは、
『あ、とうとうやったんですね! わあ、冬の国にきたねー花が咲きましたね!』
こんな感じのことをきゃっきゃしながら言うだろう。
アリアナは陛下に嫌なことを言うやつがいたら、めちゃめちゃ怒るし皆殺し推奨派だ。むしろ陛下やベンジャミンが止めるタイプだったじゃないか。
別に陛下が誰かを殺したところで彼女に顔向けできなくなるはずがない。
陛下は、アリアナのことをだいぶ美化していると思う。
でも私は大人なので「そうなんですか」とだけ静かにこぼした。
しばらくの沈黙の後、布団の隙間から青い瞳が伺うようにこちらを見た。
「……告白、返事したの?」
まだすねたような口調だ。昨日より目の下の隈は薄まっているようだった。ちゃんと寝られたようで一安心。
「告白じゃないですよ。陛下と”アリアナ様”への敬愛をひたすら聞いてただけです」
「ふうん、じゃあ、これから告白されるかもしれないってことだね」
うわあ嫌な言い方。
「言っとくけど……コスト型でもないのに血液操作を選ぶやつって、“傷つきたい願望”とかこじらせてる変態だよ」
訓練するのに絶対自傷が必要になるからね。と陛下が続けた。
「君が女王様って言われる未来が見えるなぁ」
あーやだやだ、と。しょうもない嫌味が飛んでくる。
反応するのも馬鹿らしいけれど、私に非があるのも事実だ。
「……昨日の行動は軽率だったと反省しています」
深夜に異性と二人きりになって、中庭で薔薇を贈られる。
あの行動は良くなかった。陛下の度を越した脅しは良くないけれど、私の行動が軽率だったのは確かだ。
陛下が勘違いしたように、見ようによっては告白と言われても仕方のない状況だった。
アナスタシアは貴族令嬢だ。コルデー家のためになる人と結婚する。
少なくとも伯爵家以上でないと結婚はできないと思う。彼は対象外だ。
……いや、お父様だったら「お前が好きになったなら誰でも!!」って言ってくれる気はするけれど。
コルデー家の評判を下げないように動くべきだ。
薔薇、ふと昨日の――読んだ記憶が蘇る。
まだ金髪で皇子だった頃の陛下が彼を助けて、私が瓦礫を拳で粉砕して、荷物みたいにひょいって抱き上げて――。
いや、冷静に考えてアリアナ、拳で瓦礫を粉砕ってすごすぎるな。
几帳面な所作、きれいな文字、興奮すると高くなる声――。
そこで、あれ、と違和感に気づいた。点と点が、線で繋がる感覚。
それまで『コスト型の魔法使いでもないのに血液操作を選ぶ変態』に毒づいていた陛下が、ふと黙り込んだ。
少し間をおいて、ぽつりと呟く。
「……昨日の変態、騎士になったら叙爵されるかもしれないよね」
少年のことを変態呼びし続ける。いい加減機嫌を直してほしい。
「戦功を立てて、侯爵家のご令嬢をもらう未来も夢じゃない。もしあの変態が君と結婚したいって言い出したら……」
布団に包まったままの陛下が、ただ静かに、平坦な声で呟いた。
陛下は少し笑って、けれど瞳だけが笑っていなかった。
瞳の奥がゾッとするほどの暗さを孕んでいた。
「ついうっかり処刑台に送るかもしれない」
その発言はアリアナに聞かれても顔向けできるんですか。
いや、だめだ。アリアナなら「陛下大人げないですね―わはは」って言うだけだ。
放っておくとこの人なら本当にやりかねない。
「どうぞ。……薔薇を添えて、陛下の望むように、お美しくどうぞ」
昨日聞いた陛下の脅しを皮肉って答えてやった。
私はその未来は訪れないと”知っている”。あの子が私をお嫁さんにすることは100%、無い。
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