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第39話【過去】王の器と道化の策略

 「異民族」との戦いから数日後……第三騎士団は帝都に戻り、つかの間の休日を楽しんでいた。

 その一方で、休日を楽しめないものが約二名。


「まずいことになったね」

 密偵から報告を受けたエリオットは軽い口調でそう言い、報告の重さにベンジャミンは額を手で覆って沈んだ。


 ――兄弟間での皇太子争いが、激化する。


 口火を切るのはパヴェルだ。

 曰く、「アリアナが俺の軍門に下らないのはおかしい」と。

 パヴェルの主張はこうだ――本来であればアリアナが自ら頭を垂れて、第一騎士団への加入を願い出るのが筋である。

 彼女が来ないのは、第一皇子たる自分への背信。医師まで遣わして“口実”を与えてやったのに、それを踏みにじった。

 これはもう、宣戦布告に等しい所業であると受け取った。恥をかかせたお前たちを許さない。


 パヴェルはそう考えている、と報告が入ったのだ。


「争いは避けられないでしょう。……殿下」


 何かを期待するような目でベンジャミンがエリオットを見る。

 エリオットは目を伏せた。

 かつて、暴力的なまでに強力な能力を持つ兄を尊敬していた。

 相手の反抗を許さず地に落とすその姿は、苛烈な冬の国にふさわしい、”王の器”であると。

 だが、こんな言いがかりをつけてくるような男に、本当に”王の器”があるのだろうか。

 答えを出すことができない。

 パヴェルの言いがかりをきっかけに皇太子争いが始まる――つまり、この国で内乱が始まるということだ。

 誰が敵か、味方かもわからない。そんな状態が何年も続くことになる。

 第三騎士団のうち、一体何人が死ぬだろう。


 エリオットの動揺を読んだのか、ベンジャミンが言う。

「アリアナは『不意打ちしたら勝てます』と言っていました」

「『よーい、どん』で戦ったら、アリアナ”が”負けるよ」


 魔力量ではアリアナのほうが上だが、相性で考えるとパヴェルに軍配が上がる。

 パヴェルの得意魔法は「重力操作」だ。彼の視界の届くところであれば、自由に重力を変えることができる。

 重力操作により三半規管が狂わされたら魔法の発動すらままならない。

 アリアナがパヴェルと初めて会った時に魔法が発動しなかったのもそれが原因だ。

 パヴェルが先に魔法を発動させたら、相手はほぼ負ける。


 彼女の弱点――それは、魔法の起点が絶対に「自分」となる。

 一騎打ちとなった場合、彼女が自分を傷つけてから血液操作を発動し、相手に攻撃があたるまでの時間と、パヴェルが重力操作を発動する時間は、圧倒的に後者のほうが早い。


 だからこその「不意打ちなら勝てる」だ。

 だが不意打ちでパヴェルを殺せたとして、第一皇子派の抵抗は激化するだろう。

 他人に依頼して、不意打ちで勝利した王を、誰が認めるというのだろう。

 誰もが「この人に従いたい」と納得する王でなければ、血で血を洗う戦いは終わらない。

 エリオットは敵対勢力の全てを殺す覚悟ができていなかった。

(たぶん、これからもできない)

 ――少なくとも、今はそう思っている。


「……まだあるよ。向こうが”恥をかかされた”と言ってるのだから、こちらが同等以上の恥をかけばいい」

 エリオットは封をつまみ上げる。厚く、しっとりとした紙の感触が、式典の威厳をひそやかに物語る。

 ――皇帝陛下即位二十周年記念式典。その舞踏会。恥を演じるには、これ以上ない舞台だった。


 ただの時間稼ぎにしかならないのかもしれない。

 結局兄弟間の対立は、防げないかもしれない。

 それでもまだ、彼は、諦めきれない。

 兄弟が仲良く、この国を支えていくという未来を。


「”恥をかく”と言いますが、具体的な作戦は決まっているんですか?」

 作戦がなければ後回しは認めない、ベンジャミンの顔はそう言っていた。


 ***


 “作戦”を聞いたベンジャミンは思わず眉間を指で揉んだ。

 問題が有りすぎる。


「この作戦……共犯者が必要になりますが……」

 唸るようにベンジャミンが言った。

 しかも共犯者の選定条件が厳しい。

 政治的に強すぎる人ではいけない。エリオットの有力な後ろ盾と思われてはいけない。

 共犯者と言いつつ、エリオットとともに恥をかく役だ。一体誰が引き受けるというのか。

「主人思いな従者を持って僕は幸せものだよ」

 エリオットはにこりと笑った。「お前がやるんだよ」と言う圧を感じる。

「俺は記念式典は婚約者をエスコートする予定なので引き受けられませんよ」

「優秀な従者は分身の術程度覚えているんじゃないのか」

「無茶言わないでください」


 その時、ドアがノックされた。

 エリオットからの無茶振りから逃げるために、部屋の主よりも先にベンジャミンが入室の許可を与える。

 ベンジャミンは一瞬、見慣れない新兵が部屋に紛れ込んだのかと身構えた――その声を聞くまでは。

「お忙しいところ申し訳ありません。五日後に行われるプルウェット伯爵の夜会に参加するので、その日は連絡が取りづらくなります」

「ああ、例の従姉との――。分かったよ」

 先日、アリアナが戦場で話していた内容が頭を過ぎる。

 彼女の従姉は夜会に騎士服を着せて『私の騎士様、かっこいいでしょ!』と連れ出しているらしい。

 その時はなるべく声も出さないようにして、”エミリアの理想の騎士”を演じているんだとか。

 ブレメア家に類するものは社交界でも遠巻きにされる。国内での結婚はほぼ望めないから、そうやって「安心な疑似恋愛」を楽しんでいるのだとか。

「ところで、今日は随分とラフな恰好なんだね?」


 長身に簡素なシャツ、緩めに結ばれた髪。顔の横にかかるおくれ毛が、彼女の中性的な魅力を引き立てる。

 しゃんと伸びた背筋は彼女を実物以上に大きく見せている。

 もはやその出で立ちは、彼女が“女”であることを忘れさせるには充分だった。


「また背が伸びまして……急いで騎士服の仕立て直しを依頼してるんですが……」

 夜会に間に合うかな、心配そうにそう付け足してアリアナは困ったように眉をハの字にした。


 最近は夜中にミシミシと全身の骨が音を立てるらしい。日々、成長痛にうめいているところを見かけることが多かった。

 そんな姿を見ながらそう言えば自分たちも数年前にあったなあ。とその痛みを思い出した。

 彼女の中にある”かくあるべし”という思いが彼女の望む姿へ成長させているのだ。

 出会った時の痛々しい姿を知っている身としては、騎士らしく成長した姿を見て嬉しく思う。

“騎士らしく”――そこでベンジャミンは、はっと思いついたようにアリアナに問いかける。


「お前……、ダンス、男性パートは踊れるか?」

「……?はい、というより、女性パートを踊ったことがないですね」

 エミリアに同行しての夜会しか行ったことがないです。ぽつりと付け足す。

「身長は何センチだ?」

「さっき測ってきたら167センチでした」

 シークレットシューズを履けば170センチ半ばのエリオットよりも背が高くなる。


 もしかして、共犯者に最適な人を見つけたかもしれない。

 思わずエリオットとベンジャミンは顔を見合わせた。

 彼女だったら、エリオットと共に恥をかけとお願いをしても喜んで受け入れるだろう。


“作戦”を聞いたアリアナが困惑した面持ちで漏らした。

「それ、パヴェル殿下をっちまったほうが手っ取り早くないですか?」

 私、サクッとってきましょうか?と拳で首を切る動作をするアリアナに、ベンジャミンが愛のツッコミを入れた。

 誰もが思っているのだ。言うな、と。


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