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第35話【現在】社会科見学、あるいは金色の死



 次に足を運んだのは、博物館内にあるミニシアターだ。

「今日は特別よ。陛下がご一緒だから」と、エミリアは鍵のかかった映写機のカバーを外した。


 画面に映像が投影される。じじじ、という奇妙なノイズ。

 騎士団の――殿下が書類仕事をする時に使っていた執務室だ。私の知っている殿下、モーリスの姿が映し出される。姿はあの頃とそう変わっていないから、私の死後すぐの出来事なのかもしれない。

 驚いたのは陛下の髪の毛がまだらに黒く染まっていたことだ。

 金色の髪が黒いインクをこぼしたみたいに不自然に滲んでいる。

 膨大な魔力の持ち主で、本人の精神状態が不安定だとこうなることがあると聞いたことがある。「かくあるべし」という自分の姿が歪んでしまうのだ。


「賛成はできません」

 一番近くからベンジャミンの声が聞こえる。あ、これベンジャミン視点の映像ってことか。

 短い一言は、殿下を非難するような響きを孕んでいた。正気か、考え直せ。とでも言いたげに。


「そうよ……こんなの、間違えているわ」

 モーリスの「アリアナ・カラー」の口紅が塗られた口端が震えていた。

 許せない、信じがたい。そう言わんばかりの。


 ふう、と殿下は息を吐き出した。青い瞳には、諦念が滲んでいた。

「断れないよ。断ったら本格的に内乱になる。――僕は、皇后陛下の言う通り……アリアナと冥婚する」


 冥婚――それは、死者との結婚である。

 未婚のまま死んだ女性と結婚する風習だが、この国の風習ではない。皇后陛下の母国である夏の国の、ごく一部で行われている風習――らしい。

 皇族とは血を残すことが義務だ。皇后陛下は、子を残すことを禁止する――それを殿下に強要しているのだ。

 断ったら第二皇子派が敵にまわる。「お前の『兄弟で争いたくない』という願いが叶わなくなるぞ」という脅しである。


「皇后陛下も、アリアナのお父さんも……アリアナが、可哀想だと言うんだ。僕の判断で若くして彼女を死なせてしまった、せめてもの罪滅ぼしになるなら結婚しようと思う」

 ぽつり、と殿下が視線を落として呟いた。二人の顔が見られない、とでも言うように。


 アリアナの父は「彼女は殿下に思慕の念を抱いていたのでしょう。彼女ののぞみを叶えてやってほしい」と、殿下に哀願したようだ。

 元娘としては、あの父がそんな事言うはずがない。絶対にそそのかした誰かが後ろにいたはずだ。

 手紙もそうだけど、人の死後にみんな好き勝手言いやがって……!!


「……殿下は、今でもアリアナが"可哀想だった"とお思いなのですか?」

 殿下はほんの一瞬だけ躊躇ったように見せたが、無言で頷いた。

「殿下との結婚を、アリアナが本当に望むと?」

「ああ、そう思う」


 殿下が短く放った言葉に、空気がぱんと張り詰めた。

 ベンジャミンの息が詰まったような音がして、肩がわずかに震えた。

 モーリスが、椅子から立ち上がる音。


 モーリスがベンジャミンに何かをぽいと手渡した。

 ベンジャミンの視線が一瞬落ち、手渡された何かを見た。――それは、「進退届」と書かれている封筒だ。

『辞める覚悟はある、だからやりたいようにやらせろ』っていう覚悟をキメた人が出すやつだ。

 ――でもここで進退届を出す意味って……?

 答えは、すぐに思い知らされることになる。


「ばっっっかじゃないの!!」


 いつもよりもワンオクターブ低い叫びと、バキッという乾いた破裂音が室内に弾けた。進退届に目を奪われている間にモーリスが殿下を殴ったのだ。

 衝撃的な光景に思わずはっ、と息を飲み、思わず両手を口元に持ってくる。

 殿下が吹っ飛び、棚に激突した。その衝撃で上に積まれていた書類が雪崩のように降り注ぐ。


「言っとくけどね、あの子は、何も知らない可哀想な女の子じゃなかったわよ! 自分が死ぬとわかってた。それでもあの化け物に立ち向かった。……勇敢な騎士だったわ」

 吹っ飛んだ殿下に対して、モーリスが馬乗りになって伸し掛かったまま殿下の顔に拳を振り下ろした。

 陛下を横目で見ると、あの時の痛さを思い出したのか顔をしかめている。


「アンタがそう選ばせたんでしょ!」


 ぐい、とモーリスが殿下の胸ぐらを掴み、揺らした。

 揺らすたびに棚に陛下の頭が激突してがん、がん、がんと激しい音を奏でている。

 モーリスがこのまま殿下を殺してしまうんじゃないかとひやひやした。


「“可哀想な女の子”を“勇敢で高潔な騎士”にしたのはアンタでしょ!!」


 そこでモーリスは一度、息を吐き出す。怒りだけじゃない、悔しさも混じったような顔で。


「なら――アンタが一番、そのことを誇ってやりなさいよ!!!!」


 再び、殿下の身体が跳ねた。

 ……この人が非戦闘員だってことを、一瞬忘れそうになった。それぐらい力強い一撃だった。


「モーリス……」

 殿下の両手が、モーリスの両肩に添えられる。一瞬の静寂。

 モーリスの荒い吐息が、後ろにあるスピーカーから響いてくる。


「出来るわけ無いだろ!!!」


 教会の鐘を叩いた時みたいなびりびりくる振動。

 殿下が反撃に頭突きをくらわせたのだ。モーリスの頭がくらくらと揺れた。


「誇る?何をだ! "死んでくれてありがとう!"とでも言えばいいのか!!」


 血を吐くような、悲痛な叫びだった。

 形成が逆転した。今度は殿下がモーリスの上に馬乗りになって胸ぐらを掴み、そのまま床に叩きつけた。


「可哀想だろう!!! 僕の判断でアリアナは死んだんだ! それが可哀想じゃなくてなんだって言うんだ!!」


 両目から滂沱の涙を流しながら、感情的にモーリスにぶつかってる。


「生きてる僕達に比べたら、死んだ人が一番可哀想だ!」


 私は生前『王子様』な殿下しか知らなかった。こんな感情のままに怒鳴り散らす事あるんだ。


 横目で陛下をちらりと見てみたら、若かりし頃の思い出が恥ずかしいのか顔を両手で覆っていた。

 小声で「勘弁して……」と言っているのが聞こえる。


「アンタだけの判断じゃないわよ!! アタシとベンジャミンだって”そう”判断したのよ!! 勘違いすんな!」

 もぎゃー! と言いながらモーリスが殿下の顔を引っ掻こうと手を伸ばしている。


「二人共もうやめろ!!」

 とうとうベンジャミンが二人を止めに入った。

 書類が舞い上がり、地面が白く染まる。殿下も、モーリスも肩で激しく息をしている。


「アリアナは、『殿下が私と結婚するとか解釈違い』って言うと思いますよ」

「……そうね。きっと言うわ」

 突然挟まったベンジャミンの場違いな一言に、モーリスは顔をくしゃくしゃにして、泣くようにして笑った。


「あいつは、殿下と結婚することより、騎士で有り続けることを望むような、そんな人間だったと思います」

 さすがベンジャミンだ。私のことをよく分かっている。


「……アタシね、やっぱり思うの。アリアナは可哀想じゃなかったわ。だってあの子は自分で選んだの」


 あの時、アリアナは選べないわけじゃなかった。

 ワームの化け物を見て、戦って、「無理だ」と思ったら敵前逃亡だってできた。

 それを責める人間は、あの状況だったら誰もいなかった。

 グランバレーは国境沿いだったし、異国民を積極的に受け入れる夏の国に亡命だってできた。

 脅され、縛り付けられ、命令され、無理やり戦わされたわけじゃない。

 選択肢がなくて、真冬にブレメア家から逃げ出すしかなかった時とは違う。


 それでも、あの場で戦ったのは、国に、殿下に、仲間に生きてほしいと望んだから。


「彼女は自分の死を覚悟したうえで、未来を繋いだのよ」


 アリアナが命を賭して戦った。時間稼ぎをして、魔術師たちが高出力の魔力砲を打つための時間を作り出した。

 だから国は滅びず、三人も生きている。


「あの子の勇敢さを、可哀想なんて言葉で終わらせないで」


 ――冥婚を受け入れるのは、本当に彼女の意思に沿うものなのか?――


 殿下は少しの間、目を閉じた。つうと、青紫に変色した頬に、涙が一筋伝う。

 ……それは、もうこの世に居ないアリアナを悼んでいるようだった。

 比重の少なかった黒色が、金色を侵食していく。

 金糸に墨を落としたように──殿下の髪が、じわじわと漆黒へ染まっていく。


 ゆっくりと目を開ける。そのころには完全な黒髪へと染まっていた。


「……モーリス、ベンジャミン。ありがとう。目が覚めたよ」


 ――ああ、殿下は、これで人ではもう、なくなったのだ。

 そこにあるのは、静かで荘厳な、意志。


「僕は、皇帝になる」


 無力のまま悼むだけの「人」ではなく、守るべきもののために犠牲を受け入れる「王」になろうとしている。


 アリアナの死を、無駄にはしない――絶対に。

 そのために、殿下はこの場で“人”を手放した。


 そこで映像は終わった。残されたのは暗闇と、静寂。

 歴史が変わる瞬間を目撃した。というか、してしまった。という感想だ。

 あと三人ともアリアナのことが好きすぎるってことが分かった。

 この映像を記録してたベンジャミン、ぐっじょぶ。

 落選タイトル「社会科見学、あるいは三者三様の悼み方」

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