第33話【現在】社会科見学、あるいは公開処刑
博物館は公園から歩いていける程度には近かった。
静寂に支配された館内は、外の喧騒が嘘のように思える。
古い紙、そしてうっすら積もった埃、ほんのり甘い匂いもする。ここでもなにか売っているのかな。
「みんなお祭りに行くから、この日だけは毎年静かなんだ」
陛下は受付でチケットを二枚買ってくれた。
「今日は誰も来ないと思いますので、自由におしゃべりしていただいて構いませんよ」
そう言ってふわふわと笑う受付の女性を見て思わず叫びそうだった。
(エミリア!!)
彼女は、アリアナの従姉だ。ブレメアに関わる家系のうち、唯一と言っていいほどまともな人だった。
ブレメア家の人間は悪い方向に突き抜けている人間ばかりだったけれど、彼女もその例にもれず突き抜けていた。ただ人を不快にする方向ではなく、恋愛方面に突き抜けていたのだ。
『好きな人と結婚できない人生なんて、死んでいるのと同じよ! そんな家からは逃げちゃいなさい!』
恋愛至上主義の彼女は私の脱走も応援していた。
三度の飯より恋愛の話が好きで、手紙の内容もいつもどこぞの殿方が素敵、という話だった。
いつか、どこかの王子様に見初められてどこかの王妃になれると本気で信じているような女性だった。
ブレメア家は一家断絶されたと聞いていたから、彼女も粛清に巻き込まれたと思っていたのだけど……。
は、と陛下を見てみたらこちらをみてニマニマと笑っていたので、慌てて表情を戻した。
アリアナが生家に残したものはほとんど無い。――私のものと明確に言えるものはなかった。
それは騎士になってからもあまり変わらず、騎士団の宿舎内の部屋に収まる程度にしか、自分のものは無かった。
だから何を展示しているんだろう……と思っていたのだが、騎士団での活動記録が多かった。
アリアナがどの時期に、どこの場所を守り、どの程度手柄をあげたのか。それが政治的にどのような影響を及ぼしたのかが事細かに記録されていた。
後世ではこんなふうに受け取られているのか、と思うと興味深い。確かにこれは祭りよりも楽しいかも知れない。
活動記録の展示が終わり、ふと視線を廊下にやるとこんな表記があった。
『皇帝陛下がアリアナに贈れなかったドレスの展示 →右通路奥』
なにそれ見たい。見に行こうとしたけど陛下に止められた。
「君に見られるのは……なんていうか、恥ずかしい。すごく恥ずかしいからやめてほしい」
顔を横にそむけつつ、耳まで赤い。
本当に恥ずかしいんだと思う。
「殿下」と一緒にパーティに行ったことはあるけれど、あの時は事情があって騎士団の礼服をわざわざ仕立てて行ったな……ということを思い出した。
もしかして、その時に贈りたかった服だったのかな。
「なら、なんで飾っているんですか?」
「……アリアナのもので飾れるものが本当になかったんだ。なんとかかき集めてもたりなくて、空いた箇所を埋めたいからって……」
陛下の言葉には誤魔化しも、建前もなかった。……その奥に、何か言葉にできない悲壮な感情が滲んでいた。
まるで「悔い」とか「後悔」では足りない、処理しきれない何か。
私自身あまりものを残した覚えもない。遺体も残らなかったらしいし。
というか、それなら博物館建てなければよかったのでは?
色々と思うところはあったが、陛下の手はしっかりと握られたままで展示の方にはいかせてもらえなかった。
あとで一人の時にこっそりと見に行こう。
次に、コーナーを大きく取り上げて展示されていたのはアリアナがエミリアに送った手紙だ。
一枚一枚、丁寧にエミリアのコメントと、当時の時勢について紹介されている。
『殿下は絵本から出てきた王子様のようにかっこいいです。
今日もにっこりと笑いかけてくれました。その笑顔を見るだけで胸が高鳴ります。』
『解説:右端の汚れはアリアナの涙に違いない。彼女はこの頃から、身分違いの恋に身を焦がしている様子がうかがえる。この頃は夏の国との小競り合いが頻発しており、皇帝陛下も彼女と行動を共にすることが多かったという』
私が、自分の恋を自覚したのは死後である。
当然この頃に「身分違いの恋」とやらに身を焦がした覚えはない。
涙とされているのは書きながらよだれを垂らした跡である。騎士団は激務だったのだ。
なぜこんな事になっているかと言うと、エミリアと私は仲は良かったが共通の話題がなかった。
というよりも、恋の話題以外に彼女は一切食いついてこなかったのだ。
ベンジャミンも「貴族令嬢と手紙を交換するのは練習になるから大歓迎」と止めることはなく。
だからちょうどよい位置にいた「手の届かない王子様」の描写を手紙の中に入れていただけだった。そうしたらエミリアが喜んで返信を書いてくれるので。
彼女も、ブレメア家に関係しているからと国内でのまともな結婚は諦めていた。
そういった意味で手の届かない殿下を「憧れ」とするのは都合が良かったのだ。
――せめてこういう手紙は隠してくれないかな!?
心の中で思わず盛大に突っ込んだ。恋愛という、最もプライベートなところを晒されている。
偉人というだけでこうも私的な場所が世間様に公開されなければいけないのか、ぐぬぬ。
今生では、死後に晒される可能性もあることを考慮して手紙を送ろう。
どの手紙を見ても、最終的には「アリアナは身分違いの恋をしていた」で締められている。
こ、後世に多大な誤解を残している……!!
祭り以上にこの博物館を潰したい。親戚が現役で運営しているのだからたちが悪い。
「ちょっとどういうこと!!!!」と頭を抱えて叫びたいが、隣で陛下がニマニマしながらこちらを伺っている。
陛下、私がなにかボロを出さないか確認するためにここにつれてきた説あるな……。
「どうだった?恋って素晴らしいでしょう!」
手紙の展示を一通り見終わった私に、エミリアがきらきらとしたオーラを纏いながら声をかけてきた。
エミリアがここに居た意味を理解した。
彼女は殆ど遺物の残されていない、近代の英雄の遺物を保管していたのだ。
それは一族郎党皆殺しにされたとしても、恩赦が下るはずである。
――アリアナが生前、殿下に抱いていた思いは敬愛である。身分違いの恋などと思ったことはない。解釈違いだ。
言いたいことは色々あるが、陛下の前だったので両手をぎゅう、と握るだけで我慢した。
「私、まだ子どもなので恋とかわかんないデスネー……」
「あら、そうなの! でも大丈夫よ。あなたにもきっと素敵な殿方が現れるに決まっているわ!」
キラキラとした笑顔で言われて、おまけにウィンクされた。




