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第32話【現在】社会科見学、あるいは皇帝の倫理

 私はあの場所から少し離れた公園に居た。祭りの歓声は今や遠い。

 陛下は「少し離れるけど、絶対にここから離れないでね」といってどこかへ行ってしまった。

「魔法で位置を見てるくせに」と思ったけれど、「それはそれ」とか言われるんだろうな。


 いつまでも耳の奥からあの歓声と「ありがとう」の声が離れない気がした。

 なんなんだ、あの儀式は。

 お兄様たちが止めるのも分かる。ちゃんと家に帰ったら謝ろう。


 家族への謝罪の気持ちに続いて私の胸の奥からふつふつと湧き出てきたものは、怒りだ。

 なんだあの教育に悪い儀式は。

 そもそも陛下はなんであんな胸糞悪いものを放置しているんだろう。

 陛下だったら「やめろ」の一言で辞めさせることだってできるはず。


 陛下はすぐに戻ってきた。出店で飲み物と食べ物を買ってきてくれたらしい。


「食べられそう?」


 お腹は空いてる。返事の代わりにぐう、とお腹が鳴った。

 陛下は笑いながら串焼きを差し出してくれた。

 今日は何も入っていないみたい。お茶会の時みたいに駆け引きをする元気がないから、良かった。

 血の臭いが、美味しそうな串焼きの匂いで上書きされる気がした。

 がぶり、一番上の串焼きに噛みついた。口の中に油がじゅわ、と広がる。

 濃いめの味付けで、しっかりと塩コショウが振られてて美味しい。

 美味しいものを美味しいって思える間は、私はまだ正常だ。


 ふと、顔をあげてみたら陛下がこっちをニマニマしながら見ていた。


「陛下?」


 首をかしげて呼んだら、陛下がハッとした顔をした。

 あ、今日は「先生」だっけ。でも周りに人もいないしいいのかな。


「食べないんですか?」

「あ、食べるよ」


 指摘すれば陛下も串焼きを口に運んだ。大きな口で豪快に肉がちぎれて、油が口の端から滴る。

 滴った油をぺろりと舐める姿は品がない行いであるのに、彼がやるとどこか色っぽく見えた。顔が良いって得だ。


「どうして陛下はあのお祭りを止めないんですか?嫌じゃないんですか?」

「んー……嫌だなーって思うけどさ、見に行かなければそれって”ない”のと同じじゃない?」

 同じじゃない、私がそう言う前に陛下は続けた。


「祭りは禁止されてないし、儀式の一環としてものを壊したり、燃やしたりっていう行為を禁止しているわけでもないから、捕まえる理由が今のところあんまりないんだよね。僕が「不敬罪」って言えば捕まるかな?くらいで」


 一瞬の空白。なんて言おうか悩んでいるみたいだった。

 遠くから祭りの喧騒だけが聞こえてくる。


「ああいう分かりやすく”反皇帝”な集まりがあると、国に不満を持っている存在は絶対に集まるんだよね。あとが追いやすくなる。反皇帝派の動きを掴んで、ラインを超えてきたらまとめて始末する。全部始末しているときりがないっていうのと、分かりやすく見えるシンボルがないと、見えないところで集まるようになるんだよね。……そうすると反皇帝派の動きが掴みづらくなってあんまり良いことがないんだ」


 獅子身中の虫よりは、見えている愚か者のほうがマシ、ということだろうか。


「これから先、君が大人になって働いた時に、感情的に動いて、組織の効率を低下させる人間が放置されていることがあると思う。そういう場合は2パターンある。」


 陛下はこちらを見ながら指を2本立てた。指のはしに、串焼きのたれがちょっとくっついてる。


「『有能で組織が低下する以上の結果を残すから許されている』場合と、『周りのはけ口として利用されている』……。どちらも利用価値があるから放置されてるだけ。利用価値がなくなったらとっとと切られる」

「言ってることが先生っぽいですね」

「はは、今日の僕は皇帝じゃなくて君の先生だからね」

 君は後者にはならないでね。と先生らしいことを言った。


「僕にも兄が居たんだけどさ、その人が自分の信頼を得る時のやり方が『自分が強い』ところを見せつけるってやり方だったんだ。相手を完膚なきまでにボコボコにして、そのあと優しくするっていうやり方。それが兄にとっても部下にとっても、日常であり強烈で唯一の成功体験だった」


 パヴェル殿下。苦々しい数々の思い出が胸をよぎる。

 自分が恥をかいてはそちらも同じくらいの失態を演じろ、そうでなければ殺す、と脅してきたこともあったっけ。

 顔が歪みそうになったので慌てて串焼きを囓って誤魔化した。


「ある日、同じことをしようとした。君と同い年の女の子にだよ?信じられる?でも通用しなかった」


 アリアナの話だ。はっきりと覚えている。あの時の痛さと苦しさ、そして屈辱。


「最初から女の子をボコボコにしようとしたら、周りも止めたんだと思う。最初は自分と同じ屈強な同僚、部下、新人……そうやって少しずつ慣らされていた」


 あの時だって周りに男たちが何人も居たのに誰も止めようとはしなかった。


「まあ、その兄も死んじゃった……というか、僕が殺したからもう居ないんだけどね」


 私の表情が固まっているのを見て、陛下は笑って言った。ブラックジョークとして受け取るには話題が重すぎる。

 あんなに家族が好きな人だったのに。

 アリアナの死後、結局対立する未来になってしまったことが悲しい。


「今回の祭りもそうだよ。最初はアリアナを悼む祭りのはずだった。……「アリアナ様、ありがとう」がどこかで「死んでくれてありがとう」に変わった。死んだ時を再現しようとした。死体が残らなかったことになぞらえて像を完膚なきまでに壊すようになった。彼女を象徴して、血を使うようになった」

 べき、と食べ終わったあとの串を陛下が折って袋にしまい込んだ。


「反皇帝派が作り出した祭りだから、そうなるんじゃないかな〜とは思ってたんだけどね。皇帝陛下へ攻撃したら殺される、だからかわりに、“皇帝が愛したもの”を壊す……それが、あの祭りだよ」

「反皇帝派なのに、最初はアリアナを悼む祭りを開催してたんですか?」

「ブレメア家がやりだした祭りだからね」

「ブレメア家は反皇帝派だったんですか!?」

「うーん、表向きは皇帝派、実際は反皇帝派だった、って感じかな。ほら、あの家の……うーん、なんていうかな」


 陛下が言いづらそうにしていたので、代わりに言った。


「”卑怯なコウモリ”?」


 前世でベンジャミンに言われたことだ。ブレメア家はどこの派閥にも付けないから、どの派閥にも媚を売る卑怯なコウモリだと。

 きっと私が死んだあとも、第一、第二皇子が死んでも彼らは変わらなかったのだろう。

 皇帝派と反皇帝派、どちらにもいい顔をしたのだ。

 皇帝には「皇帝が重用したアリアナの生家」として、反皇帝派には「愛する娘を皇帝に奪われた悲遇の一家」として。娘を愛したこともないくせに。


「うん、……まあ、そういう事」


 陛下に、謝りたい。うちのバカどもが申し訳有りませんでしたと。

 今更気づいたけれど他にもやらかしたこといっぱいあるんじゃないかな。


「分かりやすい不満のはけ口っていうのは必要だ。処刑なんかも娯楽になる。前代の皇后を処刑したときも今日の祭り以上の人が集まってきてたよ。人は『安全圏から見られる非日常』を楽しめる生き物なんだ。安全で、過激であればあるほど盛り上がる」

 祭りがあんなふうに歪んでしまった原因は分かった。


「でも、君が嫌っていうならやめさせるよ」

 君には嫌われたくないからね、と陛下が軽薄そうに笑った。

「いえ、政治的に必要っていうのは分かりました」


 陛下の『やめさせる』言葉の前には、「皆殺しで」という言葉が省略されていた。

 出店の屋台の人も、楽しんでいた人も、関わっていた全てを殺してやめさせるのだろう。

 皇帝陛下に対する不敬罪というのは、それほど重い。

 私の知っている「絵本の中から出てきた王子様」だったらやらないけれど、この人の民衆からの評価は「暴虐皇帝」だ。

 一度やると決めたら実行するだろうし、実際にやってきたのだろう。だからこその評価だ。


 目を伏せて、足元にあった小石を蹴った。てん、てん、と蹴り飛ばされた石が転がる。

 パヴェル殿下が即位したときにあんな祭りがあったら……きっと速攻で潰されて、そして参加者全員が殺されていたんだろうな、とありもしない未来を思った。

 あの人は、効率が悪くてもそういうことをする。というか、部下にさせる人だった。

 でも陛下は違う。「自分が気に入らないから」で物事を片付ける人では無いのだ。

 だって陛下が望んだら本当に虐殺ができてしまうから。


 可能な限り効率的に、言葉で通じるうちは言葉を使う。それでも届かなければ暴力という手段も使う。

 まるで、「こうであったら良かったのに」と、過去の誰かに語りかけているみたいな政治手法だ。


「どうして陛下は私に構ってくださるんですか?普通は皇帝陛下がこんな小娘に付き合って、嫌なお祭りに行ったり公園で串焼き食べたり、今みたいに政治の内情を話したりなんて普通はしないですよ」

 陛下はしばらく考えたあとに、首をかしげながら言った。


「かわいい……から?」

「どうして疑問形なんですか」


 アナスタシアは疑問形にする必要なく可愛いでしょ。どう考えても。


「過去に、手放しちゃいけない子の手を離してしまって、後悔したことがあったんだ。だからかな、君をひと目見たときに『この子は絶対に手放しちゃいけない』って思ったんだよね」


 きっと、「手放しちゃいけない子」というのはアリアナのことだ。

 陛下が私をじい、と澄んだ青色の瞳で見つめている。


「諸々を考えると、『君が可愛いから』になる」


 その言葉は、嘘をついているようには思えなかった。

 やっぱり、疑問形のままでいてくれたほうがよかったかもしれない。

 断定されるのは、少し恥ずかしい。思わず目をそむけた。


「祭りを見て……家族にちゃんと謝らないとって思ったところでした。人が多くて危ない、だけじゃなくて止めてたんだなって」

 ごまかすためにも慌てて話題を変えた。

「あー。それもあるし、こういう露天のもさ、ちゃんとしたところで買わないと腐った肉が使われてたりハエの卵が産み付けられてたりしたのを平気でだしてたりするんだよね。そういうのも心配だったんじゃない?」

「……串焼き食べてるときにする話ですか?それ」

 あまりな話題のチョイスにげんなりしつつも、最後の一欠片の肉を口に運んだ。

 ちょっと冷めても美味しい味だった。


「この近くにアリアナ・ブレメア博物館があるんだ。さっきのお祭りよりも楽しいよ」

 どう?行かない?と陛下が問いかけてきた。

 そういえばモーリスも行くのをおすすめしてたっけ。断る理由もない。

「行きます」


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