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第28話【過去】偏向術式

 包丁が食材を刻む音が、食堂に響く。一つはリズミカルに、もう一つはとぎれとぎれに。

 モーリスとアリアナは二人で食堂にて、隊員の食事を作っていた。


「アンタさ、本当に得意魔法を血液にするつもり?」

「うん」

「別のにしときなさいよ」

「モーリスはなんで反対なの?」

「血ってさ……その人の「命」であり「本質」そのものなのよ。呪術とかでも爪、髪とか使われるけど、血は別格よね。ケガレっていうか……」


 爪や髪は“死んだ細胞”だけど、血は“生きた内なる存在”。

 呪術的に結びついているものを操作して使うというのが、モーリスには受け入れがたいことのようだ。


「髪の毛が伸びる魔法なら許せるの?」

「……血液操作よりはマシ」


 話しながらもモーリスは包丁で器用にじゃがいもの皮を剥いていく。

 第三騎士団へ回される食材は他の騎士団で消費されなかったあまりなので質が悪い。

 緑色に変色して、芽が出ている部分を包丁で削ぎ落としていく。最初よりもだいぶ小さくなったが、気にせずボールに投げ入れた。


「でも髪の毛を伸ばす魔法はヘアアレンジが楽ってくらいしかないよ」

「血液操作だってないでしょ」


 今日の晩御飯は余り物の野菜や肉を使った煮込み料理だ。

 モーリスは苛立ちをぶつけるように、調味料をだばだばと豪快に鍋に注ぎ込んだ。


「これから使い方を作るもん」

「あとめっちゃ汚いわよ。血って」

「雪だって汚いんでしょ。きれいなものじゃないとだめなら氷雪魔法もだめじゃん」

「もう! ああ言えばこう言う!」

「あ、」


 さく、と音がした。指先にはしるじわりとした鈍い痛み。

 話に夢中になっていたせいで指を切ってしまった。赤い血がだらだらとまな板を濡らす。パヴェルとの邂逅以来、久しぶりに鉄のような臭いを嗅いだ。


「殿下ー!!!! 血! 血出たよー!!!魔法の訓練してくださいー!!!!」

「生肉を切った手で動き回るんじゃないの!汚いでしょ!!!」


『魔法訓練のために自傷をさせるわけにはいかない』というエリオットの意見により、魔法の訓練は怪我が自然に起きるまではお休みになっていたのだ。

 血が出たことを知らせるためにアリアナが走り出そうとするが、慌ててモーリスが止めた。

「まさかアンタ、わざと怪我したわけじゃないわよね?」という目でモーリスがアリアナを見ていた。


 ***


「右手に魔力を集中させて、血を止める。かさぶたを作る。それが君には絶対にできる……やってみて」


 アリアナが指先に意識を集中させると……――それまでダラダラと流れていた血液が止まり、そのまま固まった。触ってみた感触は固く、ちゃんとかさぶたになっていることが確認できる。

「本当に訓練無しで魔法を使えるのねぇ」

 はぁ〜、とモーリスが感心したように呟く。

「でも今のままだと戦場で血を止めるくらいしか役割がないな」

 現実的な指摘をするのはベンジャミンだ。

「いいんじゃないの?見た感じ、かさぶたを作るくらいなら低コストで運用できるみたいだし」

 無駄に寿命を削る必要ないでしょ、とモーリスが付け加える。


「あの……」

 アリアナが遠慮がちに声を出した。エリオットとモーリス、ベンジャミンの視線が彼女に向く。

 彼女はコップを持っていた。中には水が並々と入っており、水面がゆらゆらと揺れている。

「『かくあるべし』って考え聞いて思ったの。私、このコップの水に血が一滴でも入ってたら、それは『私の血』だと思う」


 その一言に、三人の空気が変わった。

『一滴の血が“私”であるなら、この世界のあらゆる液体は“私"になりうる』

 そう言っているのだと理解し、三人は沈黙した。

 これまで誰がそんな使い方を考えただろうか。

 いや、考えたとしても実現できるだけの魔力を持った人間がいなかった。

 だが、彼女であれば実現可能だ。


 沈黙を先に壊したのはエリオットだ。青い瞳が、二人に意見を出せと投げかける。


「一滴でも入ってたら……か、それがいけるなら、液体だったら何でも操作できるね」

「ですが、水魔法でも問題ないのでは?」

「血はアリアナの命……本質と結びついているのよ。”液体”を操作する場合に比べたら”血液”は圧倒的に低コストで運用できるわ」


 疑問を呈するベンジャミンのあとに続けて、モーリスが答えた。


「なるほど、戦場で出血多量で死にかけてるやつを緊急止血するのにも使えそうだな。アリアナの血を一滴でも傷口に垂らして、そこに触れれば……」

「血液ってばっちいのよ!」


 モーリスがひぃいい、とおぞましそうに身震いした。


「だから緊急事態のみ、だ! 死ぬよりかはマシだろう。騎士たち全員に血液検査を実施して、妙な病気を持っていないことを確認させたうえでの実施なら問題ないと思うが?」

「アリアナに傷口を素手で触れさせる前提の運用がありえないって言ってんの! これだから衛生を軽視するやつは嫌なのよ!!! 学校で公衆衛生を学び直してきなさい!」


 エリオットは冷静に能力を整理し、モーリスは潔癖と倫理観から反対し、ベンジャミンは実用的に案を出す。三者三様の「血液操作」に対する議論は深夜まで続いた。

 アリアナの「血液操作」の可能性が見えてきた瞬間だった。



 ***


 エリオットはアリアナを入団させるにあたり、一つ決めていたことがあった。

 それは「彼女を戦場に送り出すのは、成人とされる十六歳になってから」ということだ。

 それまではひたすら訓練、教育と後方支援。実戦は禁ずる。

 アリアナはそれに不服そうな顔をしていたが、「命令ですか?」とだけ問うてきた。

「命令だ」とエリオットがいえば、不満そうな顔をしながらも大人しく「拝命しました」と返した。

 騎士団の仕事は、綺麗な仕事ばかりではない。いつだって夏の国との小競り合いは耐えないし、人を殺すことだってある。

 いくらアリアナが国でも有数の魔力持ちだからといって、未成年に暴力行為をさせるのは、――人殺しをさせるのは、彼の良心が咎めたのだ。

 そう思っていたはずなのに。


 アリアナの「血液」に可能性を感じたのがおよそ一年前。

 エリオットは眼の前の光景に頭が痛くなった。こめかみを指でこすりながらアリアナに問う。

「アリアナ?」

「自分の身を守っただけです」


 真顔で言うアリアナに頭痛が増しそうだった。

 二人の眼の前には屈強な男たちが縛られていた。縛っているのは縄ではない、アリアナの血液が硬化したものだ。鉄と同じくらいの硬度がある。

 この一年でアリアナは血液操作を使いこなせるようになっていた。彼女の言う通り、一滴でも液体の中に彼女の血液が含まれていれば操作可能だった。

 もともとコスト型の彼女はイメージさえ浮かべば訓練を必要とせず使いこなすことができた。


「たまたま、街を歩いていたら襲われたので、自分の身を守るために”仕方なく”発動しました」

 アリアナはしれっと言った。この一年、騎士団の中にいたからかこういう腹芸もこなせるようになってしまった。誰に似たんだ。言うまでもない、ベンジャミンである。言い方がそっくりだ。


 初めて会った時の、痩せっぽちで孤独で、人よりも“もの”に近かった彼女からすれば――この成長は驚異的だった。

 それを喜ばしく思う反面、どうしてこうなったのかと頭を抱えずにはいられない。

 アリアナを狙う者は、大きく分けて二種。第三騎士団を快く思わない者たち、そして……彼女の“元”家族。

 それを考えると、エリオットは苦々しい気持ちになる。――その半分は、自分の責任でもあるからだ。

 アリアナはそのことを理解したうえで、わざわざ目立つ騎士服で街に出る。

“治安維持”という名目は建前で、実際は魔法の実地検証に近い。

 自らを危険にさらし、襲ってきた敵を魔法で屠る。

 自分の命を担保にした賭け。賭けに負けたら、死ぬ――それだけのことなのだろう、彼女にとっては。


 アリアナの魔法の完成度は高い。血液というのは自分の命と密接に結びついているだけあって、彼女にとっては息をするように使えて、水をそのまま操作するよりも低コストで運用ができる。

 怪我をせずとも、事前に血液を体外に出し、瓶にいれて持ち歩くことで緊急時に対応ができる事もわかった。当初に思っていたよりもずっと融通の効く良い能力だ。

 あの日、感じたように「血液操作」は確かに彼女の適正だったのだ。


 ため息を一つついて、エリオットは言った。


「きみに、新しいことを教えよう」


 アリアナのこういう衝動は、今の自分に不満を持っていることを起因としているから、というのはエリオットも理解していた。

『才能を見出されたのに騎士団の役に立てていない』

 そういう思いが彼女を焦りへと掻き立て、「才能を活かしたことをしなければいけない」と思い詰めてしまうのだろう。

 エリオットとしては「成人してから馬車馬のように働いてもらう予定なんだから、今くらいいいのに」と思っているし、実際に伝えてはいるが、彼女にはあまり伝わっていない。

 戦場に出すのはまだ早い。けれど彼女の成長欲は止まらない。

 ならば、新しい知識を与えて、それに夢中になってくれる方がまだマシだ――そう思った。


「偏向術式は知っているかな?」

 エリオットはそう言って机の上に銀の指輪をおいた。中央には小さな青い魔石がはめ込まれている。


「意図的に使う魔法を偏らせることで出力を上げる術式のことです」


 エリオットの問いに、アリアナがハキハキと答えた。きっと、やることがなさすぎてもらった教科書を暗記するほど読んでしまったのだろう。


「そう。モーリスがいい例だね。モーリスは鑑定魔法に適正がありながらも発動に必要な魔力量を持っていなかったんだ。だけど「他の魔法を一切使わない」という極端な偏りを自らに課したことで、鑑定魔法のみ発動可能にしたんだ」


 国内で鑑定魔法に適正のあるものは少ない。

 本人すら諦めていたことをエリオットのアドバイスにより「偏向術式によって極端な偏りを課すこと」で実現させた。


「偏りが穏やかであれば恩恵もまた小さいし、モーリスみたいに極端な偏りがあれば恩恵も大きい」


 エリオットは詩を諳んずるように言いながら、机の上に置いていた指輪をつまみ上げた。この指輪は極端な偏りを課す場合に使用する魔法具だ。

「つい、うっかり」だったり反射的に制約を破らないようにするために、事前に偏向術式をアクセサリーの中に組み込むのだ。


「極端な偏りを課す場合は補助用の魔法具が必要になる。これはそのために使うんだ。よく考えて、選ぶと良い」


 後ろでベンジャミンとモーリスが小声で「青い石……」「やりますね」とからかうのが聞こえた。


 一度かけた偏向術式は原則変えられない。追加でより厳しい制限をいれることは可能だが、すでに決めたものをなしにはできない。

 いや、彼女ほどの魔力量があれば寿命を削れば可能かもしれないが、やるべきではない。


 今後の人生において重要な決断となる。

 これを考えていれば数ヶ月、運が良ければ一年は持つだろう。そう思っての偏向術式の提案だった。

 しかし、エリオットの思った通りにはいかないらしい。


「殿下、私はもう自分に課す偏向術式を考えてあります」


 アリアナは笑顔だった。エリオットがこれまで見た中で、一番とも言えるくらい。


「――殿下の命令なしには絶対に魔法を使いません」


 生きるも、死ぬも。全てあなたに委ねます。

 彼女は言葉にせず、そう語っていた。


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