第27話【過去】「血液操作」
エリオットのプロポーズから数日後、アリアナは完全に回復をして第一騎士団の医務室から、第三騎士団の宿舎へと戻っていた。
第一騎士団から借りた魔力還癒炉のおかげで骨折の治りも早く、エリオットは安心した。
アリアナは「パヴェル殿下のせいで絶対に鼻が低くなった……」とよくぼやいていたが、そのたびにモーリスが「元からそんなもんでしょ」と言い、ベンジャミンに至っては「むしろ高くなったんじゃないか?」などと宣っていた。
ちなみにエリオットには違いはよくわからなかったので、曖昧に笑ってごまかすことにした。
「魔法とは何?」
「「意志」と「想像」によって現実を塗り替えること」
「魔法の本質は何?」
「かくあるべし!」
魔法についての質問をモーリスが行い、アリアナが淀みなく答えていく。
正式に第三騎士団に入団したアリアナは、騎士服も訓練生のものから第三騎士団のものに変わっていた。新品の騎士服は、彼女ぴったりに作ってある。
「魔法を発動させるに必要な三要素はー!?」
アリアナは勢いよく指を立てながら口上を述べる。
「そのいち、体内を巡る魔力を意識して特定の箇所に溜めること!そのに、それを外部に出力すること!そのさん、属性を与えて、魔力に意志を宿すこと!」
「モーリスは?」
「帝国で一番きれいでかわいくて当代一の鑑定師です!」
「よし! 完璧ね!」
「モーリス!!!!」
最後にモーリスのおふざけと、ベンジャミンのツッコミが入った。
全て淀みなく言えたアリアナは満足げだ。
「基本は大丈夫そうだね。そうだな……」
エリオットは一度言葉を切った。視線が宙を舞う。
そうだ、今日の内容にも関係しているものがいいだろう。
「魔法使いの殆どが得意魔法を選んでいる。モーリスであれば「鑑定」、ベンジャミンであれば「氷雪」というようにね。得意魔法を選ぶメリットとはなんだろう?」
アリアナの視線が一瞬宙を舞う。答えを探すように。
「うーん……その魔法をメインとして使うのであれば、魔力の消費量を抑えられます。あまり想像はつかないですが、いろんな魔法を使う必要がある場合は得意魔法を決めないほうが良いこともあると思います」
「正解」
「よく勉強してるね」
と褒めたら、アリアナは頬を緩ませた。
背後に尻尾があって左右にブンブンと振っている、そんな光景が見えた気がする。
「今日は君の適正――、「得意魔法」に選ぶものを見つけていこうか」
この国では、得意魔法は“ひとつあれば十分”という前提で社会が構築されている。
たとえば鑑定魔法が得意な者が、災害現場で治癒や温度操作を求められることはない。
その場には、あらかじめ適性を持った別の魔法使いが派遣されるからだ。
ただし、実戦を担う騎士や警備職など、一つの魔法だけでは対応しきれない現場もある。
たとえば血液操作や氷雪魔法が得意であっても、身体強化魔法が併用できなければ近接戦闘では不利になる。
なので得意魔法とは別に「最低限の基礎魔法」を習得、使用するものが多い。
そんな内容をエリオットは話した。
「ここまでの話を聞いて「これだ!」っていうものはあるかな?」
「ち……」
「ち?」
ち、地、知、治、血。
そこまで考えてようやくピンときた。
「血液のこと?」
そう問えば、アリアナはこくこくと頷いた。
「そうだねぇ……」
思わず顎に手を添えて考え始める。血、血液、それをどうやって魔法に昇華して、魔法として成立させるべきか。
「せっかく恵まれた魔力があるんだし、もっとわかりやすく強いヤツのほうが良いんじゃない?自然災害とか」
「使いやすいほうがいいだろう。温度操作はどうだ?この国だったら役に立たないシチュエーションがないぞ」
モーリスとベンジャミンがそれぞれ推したい魔法を口にする。
が、そんな二人をエリオットは制した。
せっかく適正があるのに、それが誘導によって揺らいでしまうのはもったいない。
「どうして血がいいと思ったの?」
「魔法の『かくあるべし』を聞いたときに、一番目に血を思いついて……」
でもなんでだかは分からない、だけど「これしかない」と思った。と続けてぽつぽつと言った。
「本人に聞いて真っ先に出てきたってことは、かなり強い適正があるんだと思う」
最初に聞いた時、迷うことなく「血」と呟いた。
彼女の意識していない部分で、――信念か、環境か、過去の経験かは分からないけれど……血液に関する何かがあるのだろう。
「適正のある魔法は魔力鑑定で見えるようにならないのか?」
「馬鹿なこと言わないで頂戴。今だって魔力ギリギリなのよ」
こんなふうに言っていたモーリスだが、死ぬ気で訓練して適正魔法まで見えるようになるのは数年後の別の話である。
「君の場合、得意魔法を「血液」にしたとして、他の魔法も普通以上に使えると思う。それだけ、命を代償に得られる魔力、というのは破格だ。君が想像できることは何でもできる。命と引換えにね」
たとえば、とエリオットは例をあげる。
「君だったら、この冬の国を春の国にすることだってできる。一年中温暖な気候で、一年中花が芽吹いてて、作物はいつも豊作で、鉄砲水に苦しめられることもない、飢えることも寒さも知らない。そんな国に。それも、数百年単位で」
エリオットの語りにベンジャミンとモーリスが喉を鳴らした。
この国の人間は、やたらと春を恋しがる。そういう国民性がある。
エリオットは母親が春の国出身だからか、純粋な冬の国の出身者よりも春の国への憧れという感情が薄かった。
「だからこそ、誰に言われてもやらないでね、絶対に」
口調を強くして言った。
それは一人の命を犠牲にしてやるものではない。
きっとそれで得た安寧というのは、寒々しくて、どこか薄っぺらい。そういうものだ。
「あの……」
「なんだい?」
「殿下の得意魔法はなんですか?」
エリオットはその質問に短く瞬き、視線が揺れ――再びアリアナへと戻る。
「……ああ、無いんだよ。僕はね」
「普段ひけらかすことはないが、殿下は国内でも有数の魔力量の持ち主だからな。わざわざ得意魔法を作らなくても高度な魔法が使えるのだ」
エリオットが何も言っていないのに変わりにベンジャミンが答えてドヤ顔を披露した。
(ちゃんと、いつも通り笑えていただろうか)
***
エリオットによる魔法講義が終わり、モーリスの後ろをついて、部屋に帰る途中。
部屋を出てからアリアナは先程のことを考えていた。
『……ああ、無いんだよ。僕はね』
殿下の笑顔の裏に、湖面の氷にヒビが入る光景が見えた気がした。
(たぶん、あれは)
聞いてはいけない話だったのだ。と反省した。




