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第25話【現在】憧れの人、あるいは無意識な加害者

 モーリスに観てもらったあと、また自分の席に戻って教科書を開いた。

 なるほどなあ。ふむふむと教科書を読み込む。

 前世でベンジャミンとモーリスから教えてもらってたけど、雲のようなふわふわとした概念が、自分の中で土台として固まる気がした。

 二人に魔法を教えてもらったのは十年くらい前だから、もしかしたら魔法教育も進化しているのかも?


 アリアナのときは自分の適性がはっきりとわかった。

 自分の適性を問われたとき「私には血液操作しかない」という感覚が確かにあった。

 でも今の私にはそれがない。


 適性は『魔力の性質、環境、精神性、信念、過去の経験に影響される』っていうことだから――。

 氷雪、温度操作、治癒、あたりが得意魔法になる可能性が高い。

『過去の経験に影響される』ってことだから『血液操作』も候補だ。

 逆に、適正がない・現時点でわからないってことは何でも選べるってことなのかも。


 んー。難しい。

 そう思って教科書から目を離すと、陛下と目があった。

 というよりも、真ん前の席に座っていた。いつからいたんだろう。

 ひぇ、と声を出さなかったのは奇跡だと思う。怖い。昨日の腕を掴まれたときを思い出してしまう。心做しか、昨日掴まれた腕がまた痛み出した気がする。

 私達の周りだけ誰もいない。みんな遠巻きにこちらを見ている。私もあっちに行きたい。


「君の名前、アナスタシアだよね。アナって呼んでもいいかな?」

 疑問の形をしているけれど拒否できないやつだ!

 アナは前世で親しい友人が呼んでいたあだ名だ。

 昨日の家族との会話を盗聴していたからか、それともアナスタシアにアリアナを見出しているのか。

 分からない。どっちなんだろう。


「陛下、どうぞ私のことはコルデー家の娘とお呼びくださいませ」

「……そう」

 声が怖い。場の空気が五度下がったように感じる。ごくりとつばを飲む喉が震えた。

「それじゃあ、アナスタシア嬢と呼ぼうかな」


 前世で殿下に「交渉術」として教えてもらったことがある。

 最初に無茶な要求を通して一度断らせて本命のお願いを通しやすくするやつだ。

 その時の殿下は「ナンパにこの方法を使ってくるやつがいたら問答無用で玉を蹴って逃げていいよ」って笑顔で言ってたのに。

『アナスタシア嬢』ならギリギリ許せなくもない、そういうラインを狙ってきた。


「かしこまりました、陛下」

「ところで、教科書を見ながら何を百面相していたの?」

「……自分の得意魔法を何にしようかと思いまして」

「血液操作がいいと思うよ!」

 言い終わるか、終わらないかのうちにそう言われた。

 続けて「アリアナの話は知ってる?英雄の〜」と畳み掛けられた。


 ――血液操作。

 前世では「私にはこれしかない」と思って選んだアリアナの得意魔法。

 生まれ変わった今ならわかる。

 前世で私が血液操作を選んだのは、自分の中にあるブレメア家の血を嫌悪し、外に出したいと心の底では強く願っていたからだ。

 血液操作は自分が傷つくことを前提とした能力。

 腕にアザがついただけで、夜中まで家族全員が大騒ぎするような――そんな過保護なほどの愛情を、私はこの人生で受けてきた。

 だから、今の私は身体を傷つけて血液を体外に出す必要なんてないのだ。

 今世でも適性はあるだろうけど、前世程のーー全てをなぎ倒すような強力な魔法ではなくなっている。

 適正とは1と0で測れるものではなく、グラデーションだ。前世では限りなく1に近い適正だったけれど、今生は0.2くらいしかないだろう。


「血液操作の習得は検討しておきます」

 緊張のあまり喉がカラカラに乾いてる。教科書を握ったままの手がじっとりと汗ばんでる。

 頼みのモーリスはまだ魔力鑑定をしていて助けに来る様子はない。


「魔力の系統はなんだったの?」

「短期制限型です。適性はまだ見えていないみたいです」

「そう。コスト型じゃないんだ」

 陛下は明らかに「残念」という顔をしていた。

 その後も質問が続くが、すべてアリアナに繋がりそうな質問だった。

 無難と思われる回答をしながらも、なぜか胸がチリチリと傷んだ。


「不思議だな。君と話してると、昔のアリアナとまた会えたような気がしてくる。……名前が違うのに、不思議だよね。」


 陛下は、アナスタシアを見てはいなかった。

 誰かを思い浮かべているような、そんな顔をしていた。それを理解した瞬間――私の中で何かが弾けた。


 どうして、今更、アリアナを恋しがるようなことを言うのだ。

 アリアナは死んだ。彼の命令によって、死んだのだ。

 過去の亡霊をいつまで追いかけているつもりなんだ。


 前世の私は、いつだって「殿下」にかまってほしくて、周りをうろちょろしていた。

 すごい魔法を使えば、今まで知らなかったことを学んだら、戦果をあげたら、「殿下」はいつだって「すごいね」って言って褒めてくれた。

 青い瞳の視線が、「アリアナ」を見てくれるのが嬉しかった。家族の誰も、アリアナを見てくれなかったから。

 私を見てほしい。

 前世ではそう思っていたのに。

 今の陛下は、アナスタシアを見ているようでその後ろにいる「だれか」を見ている。


「陛下、私はアナスタシア・コルデーです。私の後ろに誰かを見るのはやめてください」

 我ながら冷たい声がでた。そうだ、私も冬の国の女なのだ。


 言葉とともに立ち上がる。陛下がついてきそうなので止めた。

「トイレに行くだけなのでついてこないでください」

 これは逃げじゃない。

 戦略的撤退である!


 分かったことがある。

 陛下は、まだ私がアリアナだと確信はしていない。

 けれど――私にアリアナの面影を見ている。

 そして、あわよくば、「アナスタシアを第二のアリアナに仕立て上げようとしている」。

 もし、アナスタシアがアリアナだという確証を得ていたらもっと強引な手法を取る。

 そのことが分かっただけでも今日陛下と話せた価値はある。


 アナスタシアは私に命をくれた。かけがえのない命、本来だったら得られぬ二度目を生きるチャンスをくれた人だ。

 だから私が誰よりもアナスタシアを大事にするんだ。

「誰か」にアナスタシアを重ねる行為、しかもそれを隠そうともしない。

 とても無神経だ。


 イライラとした気持ちを持ったまま廊下をあるいていて、パタリと足を止めた。

 ……ああ、違う。私が陛下に苛ついた原因がわかった。というか、思い出した。

 私はこういう人を知っている。

 あの「無意識な加害」の感じがクズ皇子……第二皇子……ええと、名前は確か――アレクシス殿下にそっくりだからだ!

 私の敬愛する「殿下」が陛下になって、異母兄の香りが薄っすらと出てきたことに腹が立っているのだ。

 けして、「アナスタシア」が見てもらえないからすねているわけではない。絶対ない。断じてない。

 私はそこまで愛に飢えた子どもでは”もう”ないのだ。



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