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第15話【現在】白い光、あるいは黒い髪

 長い事話し込んでしまったが午後の試験が近づいていたので、モーリスとは別れた。

「近い内にまた絶対に話そう」と約束して。

 陛下のこととか、私が死んだ後のことはいっぱい聞きたいことがあるのだ。


 学術試験はそこそこ出来た、と思う。とくに近代歴史に関しての試験は全問正解できた自信がある。上の方のクラスに行けるのではないか。

 アリアナに関しての問題が出題されたときは思わず笑ってしまったけれど。


 体力測定はその場で結果が出た。クラス分けは好成績な方からA1、A2、B1、B2、B3、B4とわかれるが、B1だった。数年前まで病弱でベッドから出られなかったアナスタシアにしてみれば快挙だろう。家に帰ったらお兄様たちが喜ぶに違いない。

 コルデー領でお兄様たちと一緒に走り込みの訓練が大いに役に立った。


 さて、人には向き、不向きというものがある。

 私――というか、アナスタシアにとっての不向きはやはり魔法らしい。

 魔法の測定は5メートル先にある的を撃ち抜く、というものだ。

 魔力を全身に巡らせ、なんとか絞り出して手のひらに集める。――出てきたのは、ふわふわと頼りない光。

 今にも墜落しそうな鳥のように、ふらふら、ふわふわと好き勝手な方向に行き、最終的に的の真ん中に命中した。

 ……命中した的が『え?今なんか当たりました?』ってこっちを嘲笑っている気がする。

 そんな被害妄想をしてしまうくらい、私の魔法の威力はヘボかった。


「アナスタシア・コルデー……的のど真ん中に命中、ダメージはほぼ無し、タイムは1分30秒。狙いはとっても良かったわよ」

 試験官の先生はなんとか一つ、褒めるべき点を見つけてくれたらしい。


 前世だったら0.5秒で的のど真ん中を射抜いて的を粉砕していたのに。

 今の私は1分30秒かかり、思わず膝を抱えて座り込んでしまった。全速力で走った直後のように身体が暑くて、息が上がっている。これは息を整えるまで立てなさそうだ。額を生ぬるい汗が伝うのが分かる。


 私は正直、あこがれがあった。何かというと「転生チート」というやつだ。

 第三騎士団に居た頃、辺境の地の任務は過酷で、娯楽も少なかった。

 辺境での娯楽は主に二択。筋トレをするか、娼館に行くか。後者はさすがに選べなかった。

 変わり種で、殿下やベンジャミンはその日見つけた春を題材として文字に起こしていた。書いた詩をモーリスが毒舌で批判するという遊びだ。だけど私はそこまで高尚な趣味は性に合わなかった。私にとってこの国はいつだって寒いのだ。

 そんな時、同じ団員が本を持っていた事をきっかけに辺境の任務での娯楽が変わった。――そう、読書に私はハマっていた。

 架空の世界であれば、私は家族から愛される経験も、お姫様になる経験も、ドラゴンを一人で倒す勇敢な経験だってできる。

 団員たちの中で流行っていたのが、『前世で不遇の死を迎えたけれど、”チート”を与えられて無双する』という設定の本だ。

 どれもハンコで押したように設定が似通っていたけれど、それまで不遇だった主人公がチートで敵をなぎ倒していったり、嫌な奴らが不幸な目に遭う展開はカタルシスがあった。

 だいたいこういう試験で主人公の才能が発覚し――みたいな展開が多いから、期待していなかった、といったら嘘になる。

 むしろ今のところ、「前世の自分がいかにチートだったか」を思い知っているだけだ。前世でもっとうまく立ち回っておくべきだったのか。今となってはもう遅い。

 唯一の救いは命中率は「コスト型」でも「制限型」でも変わらないことだ。


「うーん、B3か、B4か……」

 先生は「的のど真ん中に当てた」という点を評価してくれようとしているようだった。

「一番下のクラスに入れてください」

「そうね、ゆっくりやっていきましょう。立てる?向こうにポーションがあるから、それを飲んで――あっ」


「誰か」が私の肩を掴んで、無理やり立たせた。

 その後、筋肉の形を確かめるように、私の後ろに立っている「誰か」が私の右腕を掴む。ゴツゴツとした、男の人の腕だ。

 彼の手に導かれて、私の右腕は的に向けられた。


「力を抜いて、的を見て」


 ――ふと、低くてなめらかな声が耳朶を打った。

 あの時から大人びて、落ち着きを得た声。それだけで口角が、自然と上がった。

 ぞくぞくとした興奮が、耳から背筋を伝って全身へと広がる。

 私はいつだってこの声に導かれてきた。この人の期待に応えたい。その一心で戦っていた。

 この人が指示を出すだけで私は何にだって立ち向かえる。

 気分が高揚した。今ならなんだって出来る。

 的が歪んで見える。興奮で目尻に涙が溜まっているのが分かった。


(だって私にはこの人がついている!)


 掴まれた腕から冷たい魔力が流れ込み、全身を巡るのが分かる。足元からおこるつむじ風が、二人を中心に足元から流れ出る。

 血液に乗って体の芯まで凍りつくような冷たさが全身を満たす。でもそれが嫌だとは思わない。

 今までが大きな岩で流れがせき止められた川だとしたら、岩が濁流で粉砕された。そんな気持ちだ。

 ごうごうと耳元で血液が流れる音が聞こえる。血潮に魔力が乗っているのが感じる。


 ぶわあ、と風が吹いた。大量の魔力の塊が放出され、風が押し出された。

 私の手のひらから放たれた「魔法」は、アリアナが最期に見た光線に似ていた。

 白い、全てを焼き尽くす光。

 先ほどまでこちらを嘲笑っていた的は、なくなっていた。一欠片たりとも落ちていなかった。


 そうだ、これが「魔法」だ。「想像」を「現実」に塗り替える力。


 世界が、ぐるぐるとまわっている。支えがあっても立っていられない。

 黒い緞帳が降ろされる。視界がどんどん黒く染まっていく。


 最後に見たものは、心配そうにこちらを覗き込む顔。

(殿下……いや、陛下、本当に黒髪になったんだ。かっこいい……)


 ――そして、暗転。


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