第14話【現在】後悔、あるいは粛清の代償
部屋の中には私の話す声と、モーリスの相槌を打つ声、そして、時計の秒針の音が響く。
一通り、アナスタシアになってからの「これまで」を話して、私はモーリスが入れてくれた紅茶で喉を潤した。
「陛下には言うの?」
「うーん……悩み中。だって、死んだ人が別人の身体に入っちゃったって信じられる?」
「あー……そうね。陛下のド地雷を踏む可能性あるし……」
「地雷!?」
「まあ、そんなわけだから様子見にはアタシも賛成よ。隠すっていうなら協力は惜しまないわ」
大変頼りになる言葉である。
前世でも機転が効き、「見る」だけで相手を測れるモーリスには何度も助けてもらったのだ。
「モーリスはなんで私がアリアナって気付いたの?」
「カンよ。それでなんとなく、魔力鑑定をしたら魔力の色がアリアナそっくりで」
「いつの間に見てたの!?」
「アンタの顔をタオルで拭いてる時。魔力鑑定は片目閉じれば発動するのよ。手で隠すのはただのパフォーマンス」
モーリスの魔法の発動条件、知らなかった。
鑑定魔法でアリアナのことを見たことある人以外は気づかれることはなさそうだ。モーリスが例外なだけなのだ。
鑑定魔法は、モーリス曰く「馬鹿みたいに燃費が悪い」らしいから使える人自体が貴重だ。
他の人にはアリアナだと気づかれることはなさそうでちょっと安心。
「そうだ! ねえ、私、魔法使えないんだ。魔力鑑定でなにか見えない?」
「さっき見たときは特に何も……コルデー領で魔法の訓練受けた?」
「ううん」
「そらそうよ。前世では「コスト型」だから魔法使うのに訓練はいらなかったってだけ。今のアンタは普通の制限型だから訓練しないと魔法を使うようにならないわよ」
「これが制限型魔法使いの普通ってこと?」
「そうよ。今は魔力の流れが滞ってる。魔力を全身にみなぎらせて、特定の箇所に留めるっていう第一段階ができてない。それ以外には異常は見当たらないわね」
せいぜい凡人の気分を味わうのね、と付け足してモーリスはカラカラと笑った。
思い当たる節がある。
前世で、魔法が苦手な騎士団員から魔法の訓練してくれと頼まれた事があった。
『魔力を全身にみなぎらせて、特定の箇所に留めるってことがどうしても難しくて……』
私は真剣に考えた結果、こう返した。
『……呼吸が上手だね!どうやってるの?って聞かれてるみたいな気持ち。吸って吐く、それだけじゃない?』
彼は、二度と私に魔法の訓練をしてくれと頼むことは無かった。
彼だけじゃない、その後騎士団全体で私に魔法について教えを乞う人は一人とて出てこなかった。
そんな虚しい騎士団での思い出がふと脳裏をよぎった。
「モーリスはなんで騎士団を辞めたの?」
「内乱のときにね。手と足が吹っ飛んじゃったの」
そう言ってモーリスは手にはめていた手袋を外し、左足のズボンの裾を少し上げた。
右手と左足――そこに見えるはずだった肌色は存在せず――見えたのは、鉄だった。抜き身の刀身のように、光を受けて反射するきれいな白銀。
「すごい! かっこいい!! 機械義肢?蒸気式?」
私の知っている機械義肢は鎧がそのままくっついているようなモノで、服を着ててもはっきりと分かるものだった。
やたらと重いし、蒸気で動くから近づくと熱くて、ぶしゅぶしゅとうるさい。義肢の隙間から漏れ出た蒸気による熱傷事故もよく起きていたし、とにかく何をするにしても大振りなのだ。
『使い道は無いわけではない、が、とても限定的』
というのが、私の知っている機械義肢への評価だった。
「んにゃ、最新式の魔力と油圧式のハイブリット。そっか、アンタの死後に開発されたのよ、これ。アグリムっていうの」
アグリム――Augmented Limb、名前からしてかっこいい。
思わず身を乗り出してまじまじと見てしまう。
関節や指の動きを再現するために、無数の細かいパーツで出来ている。モーリスが指を曲げるたびに、筋肉の動きを再現した周りのパーツが動くのが楽しい。見ていて飽きない。というか、ずっと見ていたい。
私の知っている蒸気式機械義肢のように隙間から蒸気が溢れてきたりしない。しばらく隣りにいてもモーリスが義肢だということに気づかなかった。手を抑えた時も冷たいと感じたけれど、太さに疑問を抱かなかった。それくらい人間の形状に合わせて作られている。スタイリッシュで、洗練されている。
「かぁっこいい……!!」
「普通に過ごす分には問題ないんだけどね。騎士団で働くにはちと厳しいってことで半分引退して、衛生兵の経験を活かして校医に……って感じよ」
そう言ってモーリスは手袋をつけ直した。
モーリスのアグリムはとてもかっこいいけれど……私は、自分の口角がどんどん下がっていくのを感じた。
「私、自分が死んだことを初めて後悔したかもしれない」
モーリスが「なによ」とでもいいたげに眉を動かす。
「だって、私がいたらモーリスをこんな目に合わせなかった」
言いながら視線が落ちて、自分の手の甲で、止まった。今の私の両手は、きれいな肌色だ。傷なんて一つも見当たらない。
自分で言うのもアレだけれど、前世の私は強かった。
私があのワームに殺されてなければ……。その後に起こる、内乱の時に隣にいられたら、絶対に守れたと思う。モーリスの右手と左足は、きっと今も生身のままだった。
モーリスは前世で私に優しくしてくれた。騎士団での生活をずっと面倒見てくれていた恩人だ。そんな人が、手と足を失った。その場に居られなかった。守れなかった。
そうでなかったら、とどうしても考えずにはいられなかった。
そんな私の言葉に、モーリスは意外そうに問いかける。
「死んだこと、後悔したこと無かったの?」
「うん。一瞬だったし。眼の前が光で埋め尽くされて、そのまま……って感じ。だから後悔する時間もなかったよ」
ねえ……。――モーリスが言いにくそうに声をかけた。
自分の罪を告白するような、そんな響きを孕んだ声だった。
「アンタごと撃ち抜けって指示したのは陛下だけど、そう判断する情報を提供したのはアタシとベンジャミンよ。――それでも?」
モーリスは、あの化け物が「恐怖を喰らって成長している」ことを魔力鑑定で察知した。
それを聞いたベンジャミンは、早期決戦、アリアナごと焼き殺す作戦を進言した。
殿下は、それを聞いて私ごと撃ち抜く決心をした。
この問いかけは、モーリスにとっての贖罪だ。きっと、モーリスはずっと後悔していたのだ。
『もし、自分が別の言い方をしていたら、未来は変わったのではないか』
それは、心に刺さった一本のトゲである。
言い方一つでアリアナは生きていたのではないかという有りもしない未来を、モーリスは求めていた。
六年間、そのトゲが刺さった傷口から、ずっと血を流し続けていたのだ。
「それを聞いても。私は死んで後悔してないよ」
モーリスの目を見て、はっきりと答えた。
私の中にある、揺るぎない想いがちゃんと伝われば良いと思った。
アナスタシアの体に入ってから何度も考えた。
『もっといい方法は』『もっと他の方法は』
でも、何度考えても「私が死ぬ」「殿下が死ぬ」「国が滅びる」「その時の判断では絶対に選べない」のいずれかだった。
「国を守れた。私一人の命では十分すぎるくらいのことをやれたと思ってるよ」
死んで私は英雄になった。それは、この国を守れたということだけではない。
コルデー領という帝都から離れた土地でもアリアナの物語が愛されている。
「アリアナ・カラー」という私の名が後世に残るように「誰か」が動いてくれた。
誰も何もしなかったらここまでアリアナの名前が残るはずがない。
あの場に居たのは第三騎士団と、グランバレー領の騎士団だった。
『第三騎士団所属の団員が一名死亡。騎士団の活躍により、現れた魔物は無事討伐』の一言ですまされ、そのまま歴史の一部として埋もれていたっておかしくはなかった。
第三騎士団は兄皇子たちに目の敵にされていたし、兄皇子たちの手によって報告が握りつぶされていた可能性は高い。
でも、「誰か」が動いてくれた。その人はきっと、私の死になにか思うところがあったんだろう。
魔物の脅威を正しく帝都に伝え、アリアナという騎士が命をかけて討伐したことを後世に伝えてくれた人がいる。
まだ見たことは無いけれど、帝都には私の銅像が立っているらしい。
私が知らないだけで、他にも「アリアナ」が残したものはこの国に残っているのだろう。
一人の人間の死でここまで影響力があったのだ。私の死は確かに「何か」を残したのだ。これを「十分すぎる」と言わずしてなんと言えば良いのか。
「バカね」
今にも泣きそうな声だった。
「……死んで英雄になったなら、生きてたらもっと多くのことができてたわよ」
モーリスの顔は見れなかった。泣き顔をみるのはマナー違反だと前世で言われたことがあったから。
その言葉ではっきりと分かった。
モーリスはアリアナと一緒に生きたいと思ってくれていたのだ。
この六年、一緒にやりたかったこと、成し遂げたかったことが沢山あったのだろう。
そのうちの一つが殿下たちと行った「粛清」だったのかもしれない。
……なんだか私まで泣きそうになってきた。
視界の端がわずかに滲む。だけど、私がここで泣くわけにはいかない。
ここで泣いたら、さっきの言葉が嘘っぽく聞こえてしまう。
ぐ、と泣きたい気持ちを飲み込んで、冗談のように問いかける。
「じゃあ、私が生きてたら何が出来てたと思う?」
「……有り余るほどの魔力で世界征服とか?」
たしかに、そんな未来もあったのかもしれない。
でも、その未来は「殿下を失う」ことで手に入れた未来だろう。
殿下の居ない未来で得た世界よりも、殿下が生きている世界を選ぶ。
――たとえ笑って殺されたとしても。
さっきよりも声が元気になっていることに安心して、視線をあげた。
モーリスは目を伏せて紅茶を口に運んでいるところだった。
『口紅の色、変えた?』
言いかけてやめた。昔はもっと柔らかい色を好んでいた。
モーリスにプレゼントする口紅の色はいつだって柔らかい色をあげていたから、はっきりと覚えている。
いまは、真紅――現代でいう「アリアナ・カラー」。
血のようで、やり場のない怒りのようで、……深く暗い底に沈んだ、哀傷の色だった。
これはモーリスなりの、喪に服すという行為だったのだ。
明日から、モーリスがまた好きな色の口紅を塗れるようになればいいと思った。
それでもまた「アリアナ・カラー」の口紅を塗っているようなら、また柔らかい色の口紅をプレゼントしよう。
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