第13話【現在】「お茶にする?」、あるいは「自白する?」
バレた?どうして。
いや、でも気づかれていないはず。
心臓の鼓動がバクバクとうるさい。
アリアナ・ブレメアとアナスタシア・コルデーはあまりに違いすぎる。
外見も、これまでの人生も。
絶対に、気づかれるはずがない。
「? アナスタシア・コルデーと申します」
よく分からなかったフリをして、自己紹介をすることにした。
「いやアンタ――」
「国の英雄であるアリアナ様に間違えていただけたんですかね?だとしたら光栄です」
自分で言ってて鳥肌が立ちそうだった。
モーリスのすみれ色の瞳には、はっきりと「疑惑」の色が浮かんでいた。
モーリスが、右手を上げた。鑑定魔法発動前に必ず片目を隠してから行う、予備動作だ。
(まずい! 鑑定魔法されたらバレるかも!)
反射的にそう思って、つい、モーリスの右手を抑えた。白い手袋越しにひんやりとした、温度を感じる。
「……」
「……」
お互いの視線が無言で交差する。
あ、これ、まずったかも。
手を抑えてたら鑑定魔法をされたくないと気づかれるし、手を抑えなかったら鑑定魔法で気づかれる可能性がある。
どちらにせよ、詰んでいた。
モーリスが私を睥睨する。
汗が頬を滑り落ちる、モーリスの腕を抑えてる手のひらはじっとりと湿っている。
「ねえ、なんで、今、アタシの手抑えたの?」
「な、なんとなく、ですかね……」
そっと目をそらしても顎をガッ!!と掴まれて無理やり視線を戻される。
気持ちは蛇に睨まれた蛙。もとい、肉食獣に首筋を噛まれた草食動物の気持ちだ。
顔を振ってもびくともしない。モーリスの身体の性別を思い起こさせる程、力強い。
モーリスの目がすっと細まる。獲物を見定める狩人のように。
「ねえ、――アリアナ?」
二度目に呼んだその名前は、確信に満ちていた。
親指と人差し指、中指でほっぺたをぶにぶにと潰される。
「ひがいまふ」
顎を掴まれた状態ではうまく喋れない。
鼻血は、いつの間にか止まっていた。
「アタシの魔法、知ってる人って少ないのよ。それこそ、第三騎士団に居た奴らくらい」
ねえ、知ってる――?
モーリスが空いている手で私の首元を掴んで、耳元に口を寄せた。
秘密の話をするように、殺し文句を囁くように。
歪んだ口元から、言葉が放たれた。
「皇帝陛下、殺したのよ。――ううん、殺してくれたの。アタシの魔法を知ってて、敵対してた人……ぜーんぶね」
モーリスは笑っていた。口角をいびつに上げてとても楽しそうに。
私が好きだった魔力鑑定をするときの、キラキラとした星の瞬きのような光はそこには無い。
深く、黒く沈んで、狂気に彩られていた。
「なんで……」
殴られたような衝撃だった。ひどい言葉の暴力に、それ以上の反応をすることも出来なかった。
殿下は、人を殺すような人じゃないと思ってた。
私を殺したのが例外で。
モーリスは、人が死んで喜ぶような人間じゃなかった。
幼い子どもを「秘密を知ってるならお前も殺す」と本気で脅すような人間ではなかった。
それとも私が死んで、なにかが狂ってしまったのか。
『絵本から出てきた王子様みたいな殿下』『圧が強くて美人で面倒見が良いモーリス』
私が見えていた世界が一気に足元から崩れていくような、そんな感覚。
視界がぼやけた。
頬を伝うのは、生ぬるくて、悔しくて、止めようのない……涙だった。
足元が底なし沼に取られてしまったみたいに、動けなかった。
――それもほんの数秒のことで、額に弾かれたような痛みがおそった。モーリスにデコピンされた。
ここまでずっと掴まれていた顎もようやく開放された。
モーリスが私の表情を見て、そっとため息をついた。
「ばかね。騙すならもっとうまく騙しなさいよ」
「?……いたい……」
「普通の子どもなら言い訳するでしょうに。『お父様が言ってた話を小耳に挟んだだけなんです』『だから私のことは殺さないでください』って」
「あっ」
確かに。
「モーリス、演技上手だね」
降参することにした。
ここまでバレていては隠す意味はない。
なにより、モーリスはこちらに危害を加える気はないみたいだし。
「アンタが居ない六年、色々あったのよ」
私の言葉に、モーリスは自嘲気味に笑った。
「で?アンタは何があったの?」
っていうかコルデー家の子の中に入ってるの?お茶飲む?お菓子食べる?あ、顎痛くない?と畳み掛けるように聞いてくる。
先程までの狂信的な様子はどこにいったのか、そこにいたのは私の知っている、「圧が強くて美人で面倒見が良いモーリス」だった。
なんだか安心してしまった。




