第11話【過去】変わった少女と、変わらぬ思い
アリアナは、十三歳になるまでは第三騎士団預かりとした。これはエリオットの独断だ。
彼女の素性は兄たちには伏せたままにしている。騎士団所属が正式に決まるまでは、余計な手が伸びないように。
今日はアリアナに数日ぶりに会う日だ。ベンジャミンを引き連れていた時に、ちょうどアリアナを見かけた。
騎士団服に身を包み、肩には見習いであることを示すオレンジ色のワッペンが揺れている。
彼女の身体に合うサイズはないのか、騎士団服はサイズが合わなくてぶかぶかだ。だが、それでも前に会った時に着ていた色褪せたワンピースよりずっと彼女に似合っている。
ぼさぼさだった茶色の髪の毛は丁寧に梳かれ、後頭部で一本に結ばれていた。誰に教わったのか、あるいは自分で練習したのか――とにかくその姿には、以前にはなかった清潔感があった。
小柄なのは変わらないけど、ここ数日栄養たっぷりのご飯を食べているおかげか、以前に会った時よりも健康的になった。
少なくとも「いますぐご飯いっぱい食べさせなきゃ……!」という使命感が胸から湧き上がることはない。
このまま騎士団で生活を続けていれば、健康的な見た目になるだろう。
彼女がエリオットを見つけた瞬間、ぱっと表情が明るくなった。
だがすぐに顔を引き締め、無言でくるりと身体を向けて、びしっと敬礼を決める。
背筋を伸ばし、指先までぴんと伸びたその姿は、数日前の少女――エリオットのことを”おうじさま”と呼んだあの――とは別人のようだった。
「ご苦労様」
エリオットが声をかければ、アリアナはへへ、と笑った。
「お疲れ様です、殿下!」
喋り方も変わっている。自信なさげで、どもって、どこか手探りで喋っていた彼女とは別人だった。
“自分の意見を淀みなく喋れるようになること”という、エリオットの出した課題を彼女はこなしたらしい。
モーリスから進捗報告は受けていたが、元来は内面で色々と考えている聡明な子どもなのだ。
考えを口に出すこと、偉い人の前での喋り方が分からないから、色々と考えた結果うまく喋れなかった、というだけで。
「おうじさま、って呼び方でもいいのに」
エリオットがからかうようにそう言えば、アリアナの色白の頬が赤く染まった。
『おうじさま、……私は、うけいれてもらえなかったら国外に、にげるよ。』
数日前の会話ではエリオットのことを「おうじさま」と呼んでいたが、この数日でモーリスから「殿下」という敬称を教えてもらったらしい。
「……殿下、いじわるです」
そう言うアリアナの頬は耳まで真っ赤に染まっていた。
遅れてやってきたモーリスが敬礼のあと、アリアナの頭に手をぽんとのせて言った。
「アリアナ、殿下たちに練習成果を見せてやりなさい」
「はい! ――モーリスは帝国で一番きれいでかわいくて当代一の鑑定師です!」
はきはきと言いきったアリアナの横で、モーリスがふふんと鼻を鳴らす。
そして、
「モーリス!!!! 貴様は何を余計なことを教えてるんだ!!」
隣でベンジャミンの激怒が響いた。
***
必要なことのみ教えれば良いんだ、必要なことのみ、とぶつぶつと呟くベンジャミンを無視して四人は会議室へと入った。
この間と同じく、エリオットとベンジャミン、モーリスとアリアナの順で座る。
前回と違うのは、机の上にはお菓子がないことくらいだ。
「さて、教えなければいけないことはたくさんある。魔法のこと、この国のこと、騎士団のこと……それらを話す前に一つだけ明らかにしておきたいことがある」
どう切り出すべきか、言葉を考える。
「君の、のぞみはなんだい?」
「私の、のぞみ、です?」
こてん、とアリアナが首をかしげる。
「最初は傭兵になりたいと言っていたね。傭兵になって、家から出る以外に何を成したかった?お金をいっぱい稼いで家族を見返したいとか、国外で評価されたい、……自分の魔法で人を殺したいとか、それでもいい」
ひとつ、ひとつ。
指折り数える。
「それ次第で、僕が勧めたい騎士団の所属が変わる。君ののぞみを叶えられるように、僕も力を尽くそう」
うーん、とアリアナの視線が空をさまよう。
「特に何もなかったかな。家から出たい、それだけだったかな?」
「ああ、いえ――。ひとつ、あります」
少しの静寂。
彼女はエリオットを見た。栗色の目が、エリオットを射抜く。
アリアナの表情は真剣そのもので、どこか諦念を含んでいた。
まるで、初めて出会った頃に戻ってしまったように。
「殿下、私はね、死にたいんですよ」
……暖炉の薪が、ぱち、と静かに爆ぜた。
次回からまた現在に戻ります。
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