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深夜のコインランドリー

作者: しおり 雫
掲載日:2025/09/17



佐藤健太、28歳。

コインランドリー「ランドリーパーク24」の夜勤管理スタッフとして働き始めて一週間が経った。


午後11時から翌朝7時までの勤務。

住宅街の角にある小さな店舗で、洗濯機12台、乾燥機8台を管理する。

深夜は客足が途絶え、一人きりの時間が長い。


前職のコンビニより給与は良く、人間関係のストレスもない。

機械の故障対応やちょっとした修理なら、工業高校出身の佐藤にとって苦にならなかった。


「ここ、前の人たちが長続きしなかったんですよ」


面接の時、店長がそう言っていた。


「夜勤は向き不向きがありますからね。佐藤さんは大丈夫そうですが」


確かに過去2年で3人の夜勤スタッフが辞めている。

理由は「体調不良」「精神的不調」「家庭の事情」とさまざまだった。


しかし、佐藤にとって夜勤は都合が良かった。

昼間は静かに過ごしたいタイプで、少ない客相手なら接客も苦にならない。


最初の一週間は順調だった。


深夜1時頃に洗濯を始める若い女性。終電で帰宅したサラリーマン。

早朝5時に乾燥だけ利用する高齢者。

客層は決まっていて、トラブルもほとんどない。


佐藤は掃除や機械のメンテナンスをしながら、静かな時間を過ごしていた。


最初に異変を感じたのは、8日目の深夜だった。


午前2時頃、客が誰もいない店内で、洗濯機の稼働音が聞こえた。

3番の洗濯機が回っている。しかし、佐藤は誰も料金を投入するのを見ていない。


メーターを確認すると、2時以降にお金が投入された記録はない。


佐藤は洗濯機に近づいた。確かに稼働している。

中を覗こうとしたが、窓が曇っていて内部がよく見えない。


「故障かな」


佐藤は洗濯機を停止させた。

蓋を開けると、中は空だった。

洗濯物も水も入っていない。


電気系統の故障だろうか。

佐藤は点検記録にメモを残し、翌日の修理依頼を準備した。


しかし、翌夜も同じことが起こった。


今度は5番の洗濯機だった。

午前2時15分、誰もいない店内で勝手に稼働を始めた。


佐藤は慌てて料金記録を確認したが、やはり使用履歴はない。


洗濯機を停止させて中を確認すると、また空だった。


「おかしいな」


佐藤は修理業者に連絡を取ることにした。


翌日の夕方ごろ、業者が点検に来た。


「特に異常は見当たりませんね」


業者は首をかしげた。


「コンピューターに異常はなく、正常です。

料金投入なしに稼働することは、構造上ありえないんですが」


「でも、実際に動いていたんです」


「うーん、念のため全台の点検をしましょう」


技師は全ての洗濯機を調べたが、異常は見つからなかった。


「もしまた同じことがあったら、すぐに連絡してください」


その夜、佐藤は緊張して洗濯機を見守った。


午前2時になった。

静かな店内に、洗濯機の音はない。


佐藤は安堵した。昼の修理で直ったのだろう。


しかし、午前2時30分。

今度は3台の洗濯機が同時に稼働を始めた。


2番、5番、8番。三台が一斉に回り始める。

佐藤は驚いて料金のメーターを確認した。やはり使用された履歴はない。


洗濯機に近づくと、中で水が激しく回っているのが分かった。

しかし、窓が曇っていて詳細は見えない。


佐藤は一台ずつ停止させた。

どの洗濯機も中は空だった。


「一体何が...」


佐藤は困惑した。修理業者が異常なしと言っていたのに。


翌日、佐藤は店長に報告した。


「また洗濯機が勝手に動きました」


店長は困った表情を浮かべた。


「実は、前のスタッフからも同じような報告があったんです」


「前のスタッフも?」


「田中さんという方でしたが、『夜中に洗濯機が勝手に動く』と言っていました。でも、昼間に確認しても異常はなくて」


佐藤は興味を引かれた。


「その田中さんはどうして辞めたんですか?」


「体調を崩されて。最後の方は『水の中に誰かいる』とか、よく分からないことを言っていました」


佐藤は背筋に寒いものを感じた。


「その前のスタッフの方はどうでしたか?」


「山田さんという方でしたが、やはり夜中の異常を報告していました。

辞める前に『絶対に洗濯機を覗くな』という妙なメモを残していました」


店長は引き出しからメモを取り出した。

ボールペンで殴り書きされた文字があった。


『洗濯機の中を見てはいけない。特に夜中は絶対に覗くな。見たら最後だ』


佐藤は震えた。


「そのメモ、置いていたんですね」


「処分しようと思っていたんですが、忘れていました。どういった意味があるんですかね。」


しかし、前任者たちも同じ現象を体験していたことは確実だった。



その夜から、異常は更にエスカレートした。


午前2時になると、必ず複数の洗濯機が稼働を始める。


台数も増えていた。

最初は1台、次に3台、そして5台。


佐藤は恐る恐る近づいた。

洗濯機の窓は水滴で曇っているが、中で何かが激しく回っているのが分かる。


水の音、モーターの音、そして時々聞こえる何の音か不明な音。


佐藤は洗剤投入口を確認した。

誰も洗剤を入れていないはずなのに、曇った窓から少しだけ見える洗濯機の中では、泡が溢れ出ている。


「一体何を洗っているんだ?」


佐藤は疑問を抱いた。中は空のはずなのに、明らかに何かを洗っているような動作をしている。


ある夜、佐藤は防犯カメラの録画を確認してみた。


午前2時前後の映像を巻き戻して見る。


画面には佐藤以外、誰も映っていない。

しかし、洗濯機は確実に稼働している。


カメラの角度では洗濯機の内部は見えないが、外側の動作は記録されている。


佐藤は不気味さを感じた。

誰もいないのに動く洗濯機。

空なのに何かを洗っているような動作。


そして、前任者たちの警告。


『絶対に覗くな』


なぜ覗いてはいけないのか。中には何があるのか。

佐藤の好奇心は日に日に強くなっていた。


二週間目のある夜、佐藤の好奇心は限界に達した。


午前2時、いつものように洗濯機が稼働を始めた。

今夜は5台が同時に動いている。


佐藤は一番近くの3番洗濯機に近づいた。


窓は曇っているが、中で水が激しく回転しているのが分かる。

時々、泡が窓に当たって弾ける。


『絶対に覗くな』


山田さんのメモが頭をよぎった。

しかし、佐藤は抑えきれなかった。


「少しだけなら...」


佐藤は洗濯機の窓に顔を近づけた。

曇ったガラス越しに、中の様子を観察しようとした。


最初は水の渦しか見えなかった。

しかし、じっと見つめていると、水の中に何かが浮かんでいるのが見えた。


白いものが、水と一緒に回転している。


佐藤は目を凝らした。


それは布のようだった。シャツか、それとも別の何かか。

しかし、よく見ると、それは布ではなかった。


人の顔だった。


水の中で、人の顔が回っている。

目を閉じて、口を少し開けた男性の顔。


しかし、それは一つではなかった。


水の中には複数の顔が浮かんでいる。


男性、女性、年齢もさまざま。

皆、目を閉じて、水と一緒に静かに回転している。


佐藤は恐怖で動けなくなった。


その時、顔の一つが目を開いた。

佐藤と目が合った。


その顔は微笑んだ。


そして、口を動かした。

音は聞こえないが、何かを言っているようだった。


『一緒に』


佐藤はなんとなくそう読み取った。


『一緒に洗われよう』


佐藤は慌てて洗濯機から離れた。


心臓が激しく鼓動している。

他の洗濯機も覗いてみたい衝動があったが、佐藤は我慢した。


異常に気付くのは一台で十分だった。



それから数日間、佐藤は謎に動く洗濯機を避けるようになった。

夜中に稼働を始めても、近づかない。見ない。


しかし、その頃から奇妙な変化が起こり始めた。


佐藤は日中、異常に眠くなるようになった。

夜勤明けで疲れているはずなのに、眠りが浅い。


そしてようやく見れた夢の中で、いつも水の中にいる。

回転する水の中で、他の顔たちと一緒に浮かんでいる。


とても心地よい感覚だった。


起きている時も、時々水音が聞こえる。

洗濯機の音ではない、もっと静かで穏やかな水音。


佐藤は鏡を見る度に、自分の顔が青白く見えるようになった。

まるで冷たい水に漬かっている死体のような色合い。


食欲もなくなった。水だけで十分な気がする。

佐藤は自分の変化に気づいていたが、それを直そうとはできなかった。


そして、一週間後。


佐藤は出勤しなかった。

店長が電話をかけても、応答がない。


アパートを訪ねても、誰も出てこない。

佐藤は消えた。


一か月後、新しい夜勤スタッフが雇われた。


田中拓也、25歳。


「前のスタッフの方はどうして辞めたんですか?」


田中は面接で尋ねた。


「家庭の事情で急に退職されました」


店長は曖昧に答えた。

さすがに佐藤が行方不明になったことは言わなかった。


田中が勤務する初日の夜。


午前2時、洗濯機が稼働を始めた。


8台が同時に動いている。

田中は驚いた。


「誰も使っていないのに?」


田中はメーターを確認したが、使用履歴はない。


「故障かな」


田中は洗濯機に近づいた。

窓は曇っているが、中で何かが回っているのが分かる。


田中は好奇心を抱いた。

中には何があるのだろう。


田中は洗濯機の窓に顔を近づけた。

曇ったガラス越しに、水の渦が見える。


そして、水の中に浮かぶ複数の顔。


その中の一つは、佐藤の顔だった。


目を閉じて、静かに回転している。


佐藤の顔が目を開いた。

田中と目が合った。


佐藤のような顔は微笑んで、口を動かした。


『一緒に』


『一緒に洗われよう』


田中は震えた。


しかし、不思議と恐怖よりもなぜか安らぎを感じた。

水の中は暖かそうで、とても心地良さそうだった。


田中は洗濯機の窓に手を当てた。


冷たいガラスの向こうで、佐藤が待っている。


『おいで』


佐藤が言っているようだった。


田中は頷いた。

数日後、田中も出勤しなくなった。



「また辞めちゃいましたね」


店長は困っていた。


「今度で4人目ですよ。なぜ夜勤スタッフが続かないんでしょう」


新しい求人広告を出すことになった。


『夜勤スタッフ募集。時給1400円。深夜手当あり。未経験者歓迎』


応募者はすぐに見つかるだろう。


そして、新しいスタッフが来る。

洗濯機は今夜も稼働する。


水の中では、佐藤と田中が新しい仲間を待っている。

静かで暖かい水の中で、永遠に洗われながら。


次の人が来るまで。


店長は知らない。

深夜のコインランドリーで、何が起こっているのかを。


洗濯機の中で、何が洗われているのかを。


そして、夜勤スタッフたちがどこへ消えていくのかを。


『ランドリーパーク24』の看板は、今夜も静かに光っている。


24時間営業、年中無休。


いつでも、新しい人を待っている。


【完】

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― 新着の感想 ―
深夜、コインランドリー、この二つのワードでホラーを書かれる腕は相当なものです 私自身コインランドリーを定期的に使用しているので、物語を読んでいる時そのコインランドリーを思い浮かべてしまいました
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