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第9話「武将たちの注目」

竜也の名は、もはや尾張の村々を超えて響き渡っていた。

 「素手で武将を倒した」「火攻めの奇襲を打ち破った」――尾ひれのついた噂は、隣国へも流れ、やがて戦国の大名たちの耳に届くことになる。



 美濃・稲葉城。

 稲葉良通は戦場帰りの兵から報告を受けていた。

 「尾張の竜也とかいう若造……拳ひとつで隊を率い、敵将を打ち倒したとか」

 良通は目を閉じ、あの日の拳を思い出す。

 「確かに奴は阿呆だ。だが拳に迷いはなかった。……笑い飛ばすには惜しい男だ」


 一方、駿河の今川義元のもとでも同じ噂が囁かれていた。

 「織田家に奇妙なる客将あり。武器を持たず拳で戦い、兵を従えるという」

 義元は扇を口元に当て、ゆったりと笑った。

 「面白い。武士の世に、異端こそ光を放つ。いずれ我が駿河へも招いてみるか」


 さらに甲斐。武田信玄の陣でも、噂話が酒肴となっていた。

 「拳の男が尾張にいるらしいぞ」

 信玄は盃を傾けながら唸る。

 「……もし真ならば、我が軍の騎馬武者をも倒すやもしれぬな。どのような目をしているか、一度は見てみたいものだ」


 こうして、竜也の存在は次第に「戦国の異端児」として注目を浴び始めていた。



 ある日、清洲城に織田信長が帰還した。

 焔のような眼差しをした若き当主は、竜也を呼び出すと、酒を注ぎながら豪快に笑った。

 「お前……また騒ぎを起こしたらしいな」


 竜也はふてぶてしく盃を受け取り、酒を煽った。

 「騒ぎじゃねぇ。ただタイマン張っただけだ」


 その返答に、信長は腹を抱えて笑い出す。

 「はははっ! やはりお前は面白い! 戦を群れでなく、拳ひとつで語ろうとするとはな」


 信長の笑いが収まると、瞳は一変して鋭さを帯びた。

 「竜也。俺は天下を取る。尾張を超え、美濃を喰らい、京を押さえる。……その野望のために、お前の拳を貸せ」


 静まり返る室内。家臣たちも耳を傾け、竜也の答えを待った。


 竜也は盃を机に置き、口の端を吊り上げた。

 「天下? そんなもん興味ねぇな」


 信長の眉がわずかに動く。

 だが竜也は続けた。

 「オレはただ、強ぇ奴とタイマン張れりゃそれでいい。天下とか名誉とか……クソくらえだ」


 一瞬、家臣たちの間にざわめきが走る。

 「な、なんという無礼……!」

 「信長公の申し出を断るとは……!」


 だが信長は再び爆笑した。

 「がはははっ! やはりだ! お前は俺と似ている。常識に縛られぬ。だからこそ気に入った!」


 そう言って、信長は豪快に盃をぶつけ、酒を飲み干した。

 「よし、竜也。お前は好きに暴れろ。天下布武は俺がやる。だが、お前の拳は必ずこの乱世に必要となる!」



 その夜、竜也は城下町を歩いていた。

 火の粉のように噂が飛び交い、人々が遠巻きに彼を見て囁いた。

 「……あの人が竜也様だ」

 「信長公も一目置くらしいぞ」

 「拳で戦を変える男……」


 竜也は鼻を鳴らし、夜空を見上げた。

 「チッ……みんな群れて騒ぐばっかだ。けどまあ……強ぇ奴と殴り合えるなら、それで十分だろ」


 拳を固く握りしめる。

 ――その拳は、すでに一国の注目を超え、乱世全体を揺さぶり始めていた。


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