表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/47

第8話「裏切りの影」

竜也組の勢いは、もはや領内を覆い尽くしていた。

 村外れでは朝から晩まで丸太を叩き割る音が響き、若者や農民までが拳を振るって汗を流す。

 「竜也殿! 見てくれ、血豆が潰れてもまだ拳を振れるぞ!」

 「オレももっと強くなりてぇ!」

 拳を交えるごとに笑顔が広がり、竜也は鼻で笑いながら拳を掲げた。

 「へっ、いいザマだ。泣き言言ったら置いてくぞ!」


 だがその熱狂の裏で、別の火種が燻っていた。

 従来の武士団からすれば、兵士や若者を奪われる形になっていたからだ。


「……領内の兵が、竜也なる若造に夢中になりおる」

「槍働きより拳遊び。これでは軍が瓦解する」

 不満の声は次第に大きくなり、やがて「竜也組を排すべし」という声すら聞こえ始めた。



 その渦中に、一人の足軽がいた。

 名は伊助。竜也に憧れ、最初期から稽古に参加していた若者だった。

 だが彼の胸中には焦燥が渦巻いていた。

 「……オレなんかが竜也殿みてぇに強くなれるわけがねぇ。結局、使い潰されるだけじゃねぇか」


 そんな折、敵勢の間者が近づいた。

 「伊助……そなたの不満、聞いているぞ。情報さえ渡せば褒美は約束しよう」

 伊助は震える拳を握りしめ、やがて頷いてしまった。



 数日後の夜。

 竜也組の稽古場が突如、敵勢に襲われた。

 「火を放てぇっ!」

 闇に炎が上がり、悲鳴が響き渡る。


「な、なんで敵がここに……!?」

「う、裏切りか……!」


 竜也は燃え盛る丸太小屋の中から飛び出し、怒声を轟かせた。

 「テメェら下がってろ! 仲間はオレが守る!」


 敵兵が押し寄せる中、竜也は真っ直ぐ敵将のもとへ突進した。

 「頭潰しゃ終わりだ! タイマンだコラァ!」



 敵将は鉄の兜をかぶった巨漢で、大槍を構えていた。

 「愚か者め! 拳で戦場を渡れると思うか!」

 竜也は構えを低く取り、唇を吊り上げた。

 「思うもクソも――やってみせりゃ済む話だろ」


 槍の突きが雷のように迫る。

 だが竜也は紙一重で身を滑らせ、槍柄を掴んでへし折った。

 「オラァッ!」拳が敵将の胸甲にめり込み、鈍い衝撃音が響く。


 敵将はよろめきつつも反撃に出た。

 「小癪な……!」鉄拳が竜也の頬を打ち据える。

 口の端から血が流れたが、竜也は笑っていた。

 「……仲間に手ェ出す奴は、ブッ倒す。それがオレのタイマンだ」


 その言葉に、逃げ腰だった竜也組の若者たちが立ち上がった。

 「竜也殿が……仲間を守るために戦ってる!」

 「オレらも、逃げてらんねぇ!」


 再び火の粉の中に声が響き、彼らは敵兵へ飛び込んでいった。



 竜也は最後の力を振り絞り、頭突きを敵将の顔面に叩き込んだ。

 「ガァン!」と鉄兜が歪み、巨体が崩れ落ちる。

 敵兵たちは動揺し、蜘蛛の子を散らすように退いた。


 炎の中に立ち尽くす竜也は、血と煤にまみれながら吠えた。

 「見たか……これがオレのタイマンだ! 群れだろうが何だろうが、仲間を守るためにやるんだよ!」


 若者たちは拳を握りしめ、涙を滲ませながら頷いた。

 「……竜也殿。俺たち、最後までついて行きます!」


 ――だが、裏切りの影は消えたわけではなかった。

 伊助は炎の向こうで立ち尽くし、唇を噛み締めていた。

 「オレは……間違えたのか……?」


 燃え盛る火の粉が、戦国の夜を赤く照らし続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ