第6話「反発の声」
竜也組の名は領内に広まり、若者だけでなく農民までが「拳を鍛えたい」と押しかけるほどになっていた。
丸太を叩き割る音が村外れから響き、そこに集う者たちの掛け声が田畑に届く。
その光景は、戦国の常識から見れば奇怪でさえあった。
やがて、従来の武士たちが動き出す。
「――何たる愚行か」
ある日の評定の席。景秀の家臣の一人、古参の武士・黒田主馬が声を荒げた。
「槍を持たず、刀を帯びず、拳で戦う? 戦は数と備えで勝つもの! 竜也なる若造の真似事に、兵どもが惑わされておる!」
景秀は眉間に皺を寄せた。
「……しかし、彼らの気迫は確かに戦場で功を挙げている。現に先日の戦では、竜也組が崩れかけた戦線を立て直した」
「功など偶然! もし兵どもが皆あのように一騎打ちに走れば、軍は乱れ、合戦は瓦解しまする!」
主馬の視線は鋭く、次に竜也へと突き刺さる。
「小僧、貴様が領内を乱しておる張本人だ。所詮、野良犬に過ぎぬ」
竜也は鼻で笑った。
「……野良犬ねぇ。上等じゃねぇか」
その場がざわめく。
竜也は立ち上がり、拳を鳴らして主馬を睨んだ。
「タイマン張る度胸もねぇのに、口だけは達者だな。言いたいことがあるなら拳で証明しろよ」
景秀が「待て、ここは――」と止めようとしたが、主馬は既に刀を抜いていた。
「無礼者! ここで叩き斬り、世迷言を封じてくれる!」
次の瞬間、竜也は踏み込んでいた。
低く沈んだ体勢から、一気に間合いを潰す。
「ぐっ――!?」
主馬は刀を振り下ろす間もなく、竜也の頭突きを顔面に受け、たたらを踏んだ。
追撃の拳が腹にめり込む。
乾いた音と共に、主馬の体が大きく弓なりに折れた。
周囲の武士たちは息を呑み、景秀でさえ目を見開いた。
「……刀だの槍だの並べる前に、テメェ自身が立ってられるか試してみろってんだ」
竜也は吐き捨てるように言い、倒れ込む主馬を一瞥して背を向けた。
その場には重苦しい沈黙が残る。
やがて景秀が口を開いた。
「竜也……そなたの力は確かに見事だ。しかし、このまま“タイマン流”が広がれば、兵の統制はどうなる。戦は個の勝負ではなく、群の調和で勝つものだ」
竜也は肩をすくめた。
「フン、群れたきゃ勝手に群れりゃいい。けどよ――最後に立ってんのは、結局一人だろ?」
景秀は言葉を失った。
竜也の言は単純すぎる。だが、その単純さが胸を突く。
戦国の理からすれば異端。しかし、確かに彼は結果を出している。
その夜。景秀は独り、灯火の下で帳面を開いた。
兵の動きを記す中、竜也組の名が何度も戦果に残っているのを見て、唇を噛む。
「……認めるべきか、排すべきか。竜也、おぬしは我が領を揺るがす嵐よ」
一方その頃、竜也は竜也で気楽に丸太を叩き割っていた。
「へへっ、やっぱ拳で語んのが一番スッキリするな」
弟子入りした足軽たちは目を輝かせる。
「竜也殿、今日も稽古を!」
「俺ももっと強くなりてぇ!」
竜也は鼻で笑った。
「上等だ。テメェら、拳が砕けるまで殴れ! 泣き言言った奴は置いてくぞ!」
拳を交える音が夜まで響く。
だがその熱気の裏で、反発もまた確かに広がっていた。
――竜也の“タイマン流”は、人を惹きつけると同時に、戦国の秩序そのものを揺るがし始めていた。