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第5話「タイマン流の伝播」

織田信長と拳を交えた竜也の話は、尾張から瞬く間に諸国へ広まった。

 「尾張に、素手で信長公と一騎打ちした若造がいる」

 「群れを嫌い、拳ひとつで戦場を渡り歩く無謀者」

 噂は尾ひれをつけて、竜也の姿を化け物じみた英雄へと変えていった。


 竜也自身は相変わらずである。

 清洲城を出た後も松永景秀の領に戻り、日がな一日、拳を鍛え続けていた。

「天下だ? 知るかよ。タイマンの強ぇ奴を片っ端からぶっ倒してく、それだけだ」


 だが、そんな竜也の姿に惹かれる者たちが現れ始めた。


 ある日のこと。村外れで竜也が丸太を拳で叩き割っていると、若い足軽の一団が恐る恐る声をかけてきた。

「た、竜也殿……俺たちにも、その……稽古をつけてもらえませんか」

「はァ? オメェら、戦うなら刀や槍だろ。なんで素手なんざ」

「い、いや……あんたが野武士の大将を拳で倒したって聞いて、憧れて……! 俺らもタイマン張れるように強くなりてぇんです!」


 竜也は呆れたように鼻を鳴らした。

「チッ、物好きだな。群れてねぇと戦えねぇ雑魚の集まりじゃねぇのか」

 それでも足軽たちは必死に食い下がる。

「今のままじゃ大軍には敵わねぇ。でも、せめて一対一で勝てる力を持ちてぇんだ! 仲間を守るためにも!」


 その言葉に、竜也の目が一瞬だけ鋭く光った。

「……仲間を守る、ね」


 思い出されるのは、前世の不良仲間たち。喧嘩のたびに背中を預け合い、時に裏切られ、時に救われた日々。

 竜也は不意に笑った。

「よし、ならテメェらに教えてやる。まずは腹から声出せ! タイマン張る奴は、気持ちで負けたら即終了だ!」


 そこから奇妙な稽古が始まった。

 丸太を相手に素手で殴り込み、相手の目を睨み据えて気迫で押し切る。

 「痛ぇ!」「拳が割れる!」と泣き言を漏らす足軽に、竜也は容赦なく怒鳴る。

「拳が割れたら膝で蹴りゃいい! 膝が折れたら頭突きしろ! 全部なくなったら牙で噛み千切れ! ――それがタイマンだ!」


 やがて、竜也の“タイマン稽古”は領内の若者の間で評判を呼び、少数ながら「竜也組」と呼ばれる集団が形を成していった。

 もちろん竜也は「群れを嫌う」男である。

 「群れるな」と言いながら、なぜか周りに人が集まってしまう――それが竜也という存在だった。


 景秀も最初は呆れていた。

「戦は兵の数、兵站の備え、陣形の工夫……竜也のやり方など子供の遊びにすぎぬ」

 しかし、次第に彼の心も揺らいでいく。


 ある合戦で、竜也組の足軽数名が敵兵に取り囲まれた。

 普通なら敗走する場面であったが、彼らは歯を食いしばり、次々と敵を一騎打ちに引きずり込んで撃破した。

 「てめぇと俺のタイマンだ!」

 「群れるな腰抜け!」

 気迫と拳で押し切る彼らの戦いぶりに、敵兵は恐れおののき、ついには戦線を崩した。


 報告を受けた景秀は目を見張った。

「数で劣る兵が、一騎打ちに持ち込み、戦況を覆すとは……これが竜也の言う“タイマンの力”か」


 領内では次第に「少数精鋭」「一騎打ち戦法」を口にする者が増え始める。

 そして、兵だけではなく村人や若者たちまでが「竜也のように強くなりたい」と彼の稽古を覗きに来た。


 竜也はそんな空気に気づいていない。

「へへっ、やっぱりタイマン最高だな。喧嘩も戦も、最後に立ってんのは一人だけだ」

 そう言って拳を握り締める姿は、周囲の者にとって眩しく見えた。


 ――仲間を守るため、一人で立つ。

 竜也の生き様は、戦国の世において異端でありながら、人々に新たな勇気を与えていた。


 やがて噂は尾張を越え、美濃や三河にまで広がる。

「群れを嫌い、ただ拳ひとつで武将と渡り合う若者がいるらしい」

「その男の稽古を受けた兵は、数で劣っても退かないと聞く」


 ――戦国の世に、竜也という“タイマンの伝道者”が確かに根を下ろし始めていた。


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