第47話「拳、乱世を終わらす」
天下一拳闘会の熱気がまだ城下に残る夜。安土城の天守を背に、ひときわ広い舞台が設けられていた。
その中央に立つのは竜也。そして向かい合うのは、乱世の覇王・織田信長である。
「竜也よ」
信長が豪快に笑い、腕を組んだまま声を張り上げた。
「お前の拳が戦を止め、国を一つにした。だがな、最後に俺自身がこの拳を確かめねばならん!」
観衆が息をのむ。新次郎も大助も声を失った。
竜也は拳を握りしめ、静かに応じた。
「……信長公、またあんたと拳を交えりゃ、ほんとの意味で乱世は終わる。やるしかねぇな」
◆
鐘が鳴り響く。試合開始だ。
信長が突進する。まるで戦場を駆ける騎馬のような圧だ。竜也は拳を突き出し、真正面からぶつかる。
轟音。土煙が舞い、観衆が悲鳴と歓声をあげる。
「ぬううっ!」
信長の剛拳が竜也の頬を捉えた。だが竜也も引かない。顎を打ち抜くアッパーで応じる。
互いに一歩も退かぬ激闘。拳と拳がぶつかるたび、大地が震え、観客の心臓までも打ち震わせた。
「竜也殿が……あの信長公とタイマン張ってる……!」
「どっちが勝っても乱世は終わる……だけど、竜也さんは絶対に負けねぇ!」
新次郎も大助も拳を握りしめ、叫んでいた。
◆
何十合、いや百合を超えても両者は立ち続けた。
竜也の腕は裂け、血が滴る。信長の額にも鮮血が流れる。だが笑っていた。
「これよ! これこそ俺が求めた拳だ!」
信長の笑いは戦狂いのものではなかった。拳でしか得られぬ“確かな絆”を喜んでいる笑みだった。
「信長公……あんたも、ただ戦いたかったんじゃねぇか……」
「そうだ! 刀で覇を唱えるのではなく、拳で人を繋ぐ世を望んでいた!」
再びぶつかる。
竜也の渾身のストレートが信長の胸を打ち抜き、同時に信長の拳が竜也の腹を穿つ。
二人の身体が揺らぎ――同時に地面へ崩れ落ちた。
◆
場内に沈黙が落ちる。観衆は固唾をのんで見守っていた。
竜也は歯を食いしばり、最後の力で立ち上がった。信長も膝をつきながら顔を上げる。
竜也は震える拳を伸ばし、信長の胸を――軽く叩いた。
「……俺の天下じゃねぇ……皆で掴んだ天下だ……」
その瞬間、信長は笑い声をあげ、竜也を抱きしめた。
「よくやった! これでいい……これで乱世は拳で終わったのだ!」
観衆から歓声が爆発した。
「竜也ぁぁぁ!」
「乱世は終わったぞぉ!」
涙を流し、抱き合い、拳を掲げる人々。その波は城下を越え、国中へ広がっていった。
◆
――時は流れた。
天下泰平の世。安土の町には戦の影はなく、子どもたちの笑い声が響いていた。
その広場で竜也は裸足になり、子どもたちの前に立っていた。
「拳は人を壊すもんじゃねぇ! 人を守るためにあるんだぞーッ!」
「押忍ッ!」
子どもたちの声が青空に突き抜ける。
新次郎と大助が遠くから見守っていた。
「親分は相変わらず拳で生きてるな」
「だが、もう血の匂いはねぇ。……これが平和ってやつか」
竜也は子どもたちの拳を一人ひとり受け止め、笑った。
「よし、その拳を忘れんな! お前たちの拳が、この先の世を守るんだ!」
やがて人々は語るようになった。
――「拳で乱世を終わらせた男・竜也」と。
その名は、戦国の世を越えて未来へと語り継がれていくのだった。




