第46話「拳の下に、平和あり」
安土城下は祭りのような熱気に包まれていた。
戦乱が止み、竜也の拳の名声が天下を駆け抜けたその日、織田信長は大規模な催しを決定したのだ。
――天下一拳闘会。
武将、農民、僧侶、さらには忍びに至るまで、己の拳に誇りを持つ者たちが全国から集った。
「戦のない世になったのはありがてぇ。だが拳の腕前を示す場が欲しかった!」
「竜也組に一発入れて名を上げてやる!」
会場に設けられた土俵のような円形の舞台を取り囲む群衆は、歓声と期待で沸き返っていた。
◆
大評定の席で信長は豪快に笑った。
「戦の代わりに拳を交える場を作る! これぞ竜也の拳がもたらした世の形よ!」
竜也は頭をかきながら苦笑した。
「……俺はただタイマンしてきただけだ。けどよ、皆が拳を通じて本気を出せるなら、それも悪くねぇ」
新次郎が嬉しそうに笑う。
「竜也殿、拳の世ってのはこういうことなんですね!」
大助も鼻を鳴らす。
「喧嘩はタイマンで決めりゃいい。血を流すより、拳で殴り合う方がずっと健全だ!」
◆
大会の幕が上がった。
最初に舞台へ躍り出たのは喧嘩自慢の農夫。丸太のような腕を振り回すが、新次郎が腰を沈めて一撃で沈める。
「押忍!」
観客から拍手が湧いた。
続いて現れたのは、影のように動く忍びの一団。煙玉を投げつけて挑んでくるが、大助が吠えた。
「拳は隠せねぇんだよッ!」
豪快な裏拳で一人を吹っ飛ばすと、残りは尻尾を巻いて逃げ出した。
武将たちも次々と挑んでくる。かつての敵方で名を馳せた剣豪も、刀を捨てて拳で挑んだ。
竜也は次々と拳を交え、一人ひとりに真剣な眼差しで向き合った。
「お前の拳、重てぇな」
「まだまだ伸びるぜ。鍛えろ!」
倒した相手を決して見下さず、拳を交えた者を認め、称える。
その姿に観衆は息を呑み、やがて歓声は拍手に変わっていった。
◆
最後の試合を終えた竜也は、汗に濡れた拳を掲げた。
「いいか、忘れんな! 俺が最強なんじゃねぇ。誰だって拳を握れば、本気を出せる。そうやって殴り合えば、分かり合える!」
観衆から大歓声が湧き上がる。
「竜也ぁぁぁ!」
「拳こそ天下の証だ!」
信長が立ち上がり、天を突くように笑った。
「見たか! これが拳の天下布武だ! 刀も槍も要らぬ。拳ひとつで皆が繋がるのだ!」
竜也は拳を振り下ろし、深く息を吐いた。
「……俺は最強じゃねぇ。ただ、この拳で皆の拳を引き出すことができる。なら、それで十分だ」
新次郎と大助が両脇で誇らしげにうなずいた。
「親分、あんたはやっぱり俺らの誇りだ!」
「拳の下に……平和があるんだな!」
その言葉に竜也は笑い、城下を揺らす歓声に応えるように拳を突き上げた。
◆
こうして戦国の世に、刀ではなく拳を掲げた大舞台が生まれた。
「天下一拳闘会」は乱世を終わらせる象徴となり、竜也の拳は武の象徴から、平和の象徴へと変わっていった。
だがまだ、一つだけ残された試合があった。
――竜也と信長、拳と拳をぶつけ合う“最後のタイマン”が。




