第43話「虎を討ちし拳」
戦場に沈む夕陽は、血のように赤かった。
甲斐の虎――武田信玄が竜也の拳に沈んだ報が広がるや、武田軍の兵たちは雪崩を打つように退き始める。誰もが耳を疑い、目を疑い、だが目の前に横たわる巨体が現実を突き付けていた。
「虎が……負けた……」
「信玄公が、あの虎が……!」
混乱と恐怖が武田の兵を呑み込み、戦場は一気に崩壊する。
竜也は荒い息を吐きながら、血に染まった拳をゆっくりと下ろした。両腕は痺れ、骨は悲鳴を上げている。それでも親分の顔には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「……終わったか」
背後から駆け寄る足音。新次郎と大助が、肩を貸すように竜也を支える。
「竜也殿! ご無事で!」
「無茶しやがって……だが、やったな!」
竜也は口元の血を拭い、うなずいた。
「……虎を沈めりゃ、もう道は開ける」
◆
やがて竜也は織田の本陣へと戻ってきた。血と土にまみれた姿の彼を見て、兵たちは道を開ける。誰もが敬意と畏怖を込めた眼差しで竜也を見つめていた。
「戻ったぞォォ!」
新次郎の声が響く。次の瞬間、馬上から豪快な笑い声が轟いた。
「はっはっはっは! 竜也ァァ!」
軍勢の先頭に立っていたのは、織田信長その人だった。甲冑を煌めかせ、燃えるような眼で竜也を見据えている。
「聞いたぞ! 虎を倒したそうじゃねえか!」
竜也は肩で息をしながら拳を突き上げる。
「ああ……俺の拳で、虎は沈んだ!」
信長はたまらず馬を降り、竜也の胸倉を掴んだ。兵たちが息を呑む。だが次の瞬間、信長は豪快に竜也を抱きしめた。
「でかしたァ! 乱世を終わらせる拳よ、お前は!」
竜也は血塗れの顔で笑い返す。
「俺はただ、仲間と民を守りてぇだけだ。けど……この拳が乱世をぶっ壊せるなら、それでいい!」
その言葉に信長はさらに笑う。
「よくぞ言った! 竜也、お前の拳を借りりゃ、この織田軍、天下に敵なしだ!」
◆
その場にいた将兵たちの士気は一気に爆発した。
「おおおおおっ!」
「虎を討った! 天下は目前だァ!」
徳川家康もまた、感嘆の声を漏らす。
「……これが竜也殿の拳……。もはや乱世の行方は見えたな」
甲斐の大地を震わせた戦いは、ここで完全に決着した。武田軍は総崩れ。指揮官を失った兵たちは次々と武具を捨て、逃げ惑う。
竜也は最後に戦場を振り返り、拳を高く掲げた。
「聞けェェ! この拳で、乱世を終わらせるのは竜也組だァァッ!」
新次郎も大助も、兵たちも、その声に呼応する。
「押忍ーーーーッ!!!」
叫びが大地を揺らし、戦場全体に響き渡った。
その瞬間、甲斐の虎を討ちし拳が、天下統一への道を切り開いたのだった。




