第41話「虎、咆哮す」
内藤昌豊が倒れた戦場に、重苦しい沈黙が訪れた。
竜也の拳が嵐をも砕き、土煙の中に昌豊が沈んでいる。
その姿を見た武田軍はざわめき、恐怖と動揺が広がった。
「馬場殿に続き……内藤殿までも……!」
「なんだあの拳は……!」
竜也組の仲間たちは歓声を上げるが、竜也は肩で荒い息をしながら血塗れの拳を見下ろしていた。
「……まだ、来るな」
そう呟いた瞬間、風が鳴った。
甲冑の重みをものともせず、悠然と馬上に現れた男。
扇を閉じ、鋭い双眸で戦場を見渡す。
甲斐の虎――武田信玄、その人であった。
「……馬場、内藤。見事な最期であった」
低く響く声は、大地そのもののように重い。
信玄は扇を腰に差し替えると、ゆっくりと拳を握った。
「拳で嵐を砕くか。ならば、この虎の咆哮を受けてみよ!」
その一言で、武田軍の兵たちは沈黙した。将が動く。乱世の虎が、自ら拳を振るう――。
◆
「竜也殿! やばいです!」
新次郎が叫ぶ。隣で大助も青ざめていた。
「あれが信玄だ! あの虎と拳を交えるなんて……!」
だが竜也は血に濡れた口元を歪め、にやりと笑った。
「……いいじゃねぇか。虎だろうがなんだろうが、拳で倒す。それが俺だ」
言葉が終わるや否や、信玄が馬を降り、巨体を揺るがせて前に出る。
豪壮な甲冑の下から伸びる両腕は、丸太のように太く、拳は岩塊のごとき重さを宿していた。
「いくぞ、竜也!」
信玄が吼え、拳を振るう。
ドゴォォォォンッ!!
大地が裂けた。
重戦車の突撃のような拳が地面を砕き、土煙と衝撃が戦場を包む。
「うおおっ!」
竜也は横に跳んでかわす。だが、直後に二撃目が襲いかかった。
「ぐっ……!」
腕で受け止めるが、衝撃は凄まじい。竜也の身体が宙に舞い、土に叩きつけられた。
「親分ッ!」
「竜也殿!」
仲間たちの叫びが響く。
◆
竜也は血反吐を吐きながらも、地面に拳を突き立てて立ち上がる。
「……効くなぁ、虎の拳ってやつはよ」
笑って見せるが、腕は痺れ、全身が軋んでいた。
「まだ立つか」
信玄の瞳が鋭く光る。
「良い。ならば本気でいこう」
次の瞬間、信玄の拳が唸りを上げた。
「虎王撃――ッ!!」
振り下ろされる拳は、まるで山岳そのものが落ちてくるような重圧。
空気が震え、兵士たちが悲鳴を上げる。
竜也は真正面から拳を構えた。
「上等だァァッ!」
拳と拳がぶつかる寸前、竜也組の仲間たちが叫ぶ。
「竜也殿ォ! 負けるなぁぁ!」
「親分、ぶっ飛ばせェェ!」
戦場全体が揺れるほどの轟音が響いた。
ドゴォォォォォォンッ!!
土煙が爆発し、視界が真白に閉ざされる。
◆
煙の中、竜也は膝をつきながらも拳を突き出し、信玄と押し合っていた。
「ぐっ……ぐおおおおおッ!」
「まだ持ちこたえるか……竜也!」
両者の拳が軋み、骨が悲鳴を上げる。
次の瞬間、爆発的な衝撃が弾け――竜也の身体が再び吹き飛ばされた。
「竜也殿ォォッ!」
仲間の絶叫が響き渡る。
血を吐きながら地面を転がる竜也。
それでも立ち上がろうと、膝に力を込める。
「……守る拳……か」
竜也はふと、仲間たちの顔を思い浮かべる。
その瞳に再び炎が宿った。
立ち上がった竜也の目を見て、信玄は口元を吊り上げる。
「よかろう。次で決する! 受けてみよ、竜也!」
信玄の全身がうなりを上げ、右拳に莫大な力が収束していく。
戦場全体が震える。
竜也も拳を構え、血塗れの顔に笑みを浮かべた。
「……来いよ、虎ァ! 次で決めてやる!」
そして――。
「虎王撃――ッ!!」
信玄の必殺の正拳が放たれ、戦場が白光に包まれる。




