第4話「信長との遭遇」
鬼熊を打ち倒した竜也の武勇は、瞬く間に近隣に広まった。
「野武士の群れを、ただ一人で壊滅させた若造がいる」
それは荒唐無稽な噂として嘲笑されもしたが、松永景秀が自ら「事実である」と証言したことで、戦国の世に確かな響きを持ちはじめた。
やがて織田家の耳にも、その名は届いた。
ある日、景秀は竜也を呼び寄せた。
「竜也、織田信長公が直々にお前に会いたいと仰せだ」
「織田ァ? あの尾張の大将か。偉いオッサンが何の用だよ」
「無礼を申すな。お前の武勇を聞きつけ、興味を持たれたのだ。決して軽々しい気持ちで会えるお方ではないぞ」
竜也は鼻を鳴らした。
「へっ、タイマン張れるなら誰だって相手にしてやるよ」
――そして、尾張の清洲城。
広間に足を踏み入れた竜也は、豪奢な座敷の中央に座す若き将を見た。
鋭い眼光、華美な南蛮風の衣装、圧倒的な存在感――織田信長。
「ほう……貴様が例の竜也か」
信長は薄く笑みを浮かべる。
「兵を率いず、ただ一人で敵の大将を倒し、軍を崩したと聞く。常識外れも甚だしい」
周囲の家臣たちは冷笑を隠さない。
「戦は兵と兵のぶつかり合い。若造の戯れ言など、取るに足らぬ」
「信長公に謁見できるなど、身に余る幸運よ」
だが竜也は一歩も退かない。
「群れで戦うなんざ、弱ぇ奴のやることだ。天下だろうが喧嘩だろうが、タイマンで決めりゃ一発だろ?」
広間の空気が凍りついた。
誰もが呆れ果て、怒号が飛ぶかと思われた。
しかし信長は、突如として高笑いを上げた。
「ははははは! 面白い! よもや我が前で“戦はタイマンだ”などと言い放つ者が現れるとはな!」
家臣たちが慌てる中、信長は腰を上げた。
「よし、ならば此度は儂と一騎打ちしてみよ」
竜也の目が爛々と輝く。
「上等だ。天下人だろうが関係ねぇ、来いよ信長ァ!」
庭に場所を移すと、兵たちがざわめきながら取り囲んだ。
信長は太刀を手に取り、竜也は素手で構える。
「貴様、武器は持たぬのか?」
「オレの武器は拳一本だ」
「良い。ならば命を賭けて拳と太刀、どちらが強いか試してみよ!」
戦国一の梟雄と、異端のヤンキー。
誰もが固唾を呑んで見守る中、二人は同時に踏み込んだ。
竜也は地を蹴り、鋭い踏み込みから拳を繰り出す。
信長は躊躇なく太刀を閃かせる。
――火花が散った。
拳が刀身を弾き、刀が竜也の肩をかすめる。
互いに一歩も引かず、笑みを浮かべた。
「ほう……面白い拳だな」
「オッサンもなかなかやるじゃねぇか!」
数合の打ち合いは、互角。
竜也の怪力と喧嘩勘、信長の剛腕と剣術が火花を散らす。
やがて信長は大きく跳び退き、笑い声を響かせた。
「ははは! これほど面白き若者、見たことがない! 貴様、名は竜也であったな」
「おう」
「此奴は馬鹿だが本物だ。儂は気に入ったぞ」
信長の宣言に、家臣たちは驚きの表情を隠せなかった。
竜也は拳を掲げ、勝ち誇ったように吠える。
「聞いたかオッサンども! 天下もタイマンで決められるってこった!」
信長はなおも愉快げに笑い、広間に響き渡る声で言った。
「天下布武もタイマンも、究極は同じよ。勝つか負けるか、それだけだ!」
その瞬間、竜也と信長の間に、不思議な共鳴が生まれた。
戦国の常識を揺るがす異端児と、常識を焼き払う革命児。
両者の邂逅は、この後の乱世に大きな火種を残すこととなる。