第39話「不死身の老将」
戦場を覆う土煙の中、ゆっくりと前へ進み出たのは一人の老将だった。
銀混じりの髭をたくわえ、分厚い鎧に包まれた体はまるで大岩のよう。
武田四天王のひとり――“不死身の馬場”こと馬場信春。
「ほう……赤備えも、高坂殿も斃したか。若き拳よ、久しく血が滾るわ」
馬場は馬を降り、ゆるりと地面に足を踏みしめた。その一挙手一投足から放たれる威圧感に、竜也組の面々が息を呑む。
「出たな、四天王……!」
新次郎が拳を握るが、竜也が手で制した。
「ここは俺がやる。あの爺さん……半端な覚悟じゃ勝てねぇ」
竜也が歩み出ると、馬場は槍を背に回し、両の拳を構える。
「槍は要らぬ。貴様の拳、直に受けようぞ」
戦場が静まり返った。二人の巨体が向かい合い、風が砂を巻き上げる。
「押忍――!」
竜也が咆哮し、拳を振り下ろす。ドゴォッ! 大地が揺れた。
しかし馬場は一歩も退かず、厚い胸板で受け止める。
「ぬうッ……効くな」
だがすぐに拳を返し、竜也の頬を打ち抜いた。
ガッ! 竜也の体が大きく仰け反る。
「ぐっ……! だがまだだァ!」
すぐさま竜也が連撃を放つ。右、左、さらに膝蹴り!
甲冑に拳がめり込み、鉄が悲鳴を上げる。
だが――馬場は倒れない。
口元から血を流しながら、獰猛に笑った。
「ははは! 良い拳だ……だがこの老骨、何度でも立ち上がるぞ!」
竜也の拳が十度、二十度と唸りを上げる。
馬場は受け、殴られ、膝をつきかけても、土を踏みしめて立ち上がる。
「不死身……伊達じゃねぇな……!」
竜也の息が荒くなる。拳からは血が滴り落ちる。
馬場が問う。
「若き者よ……拳で何を成すつもりか」
「決まってんだろ!」
竜也は叫ぶ。
「俺の拳は、仲間を護り、乱世をぶっ壊すためにあるんだ!」
その声に竜也組が一斉に吠える。
「おおおおおおッ!」
竜也の全身が爆ぜるように熱を帯びた。
「これで終いだァァァァ!!」
ドゴドゴドゴドゴッ!!
嵐のような連打が老将を襲う。顔面、鳩尾、肋骨、顎――。
鉄兜が砕け、甲冑が凹み、血が飛び散る。
「ぐっ……ぐはぁッ!」
馬場の巨体が大地に沈んだ。
しかし、倒れたまま空を仰ぎ、笑う。
「見事だ……! この老骨、拳に託すとしよう……」
そして静かに目を閉じた。
竜也は荒い息を吐きながら天を仰ぐ。
「押忍……これが俺たちの拳だ!」
竜也組が拳を掲げ、戦場に勝鬨が響き渡った。




