表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国タイマン録  作者: やしゅまる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/47

第35話「猛虎の影」

姉川の戦いは勝利に終わった。

 だが、竜也の胸に広がるのは晴れやかな達成感ではない。血に濡れた拳を見つめながら、ただ深い悔しさが渦巻いていた。


 「……長政の奴、最後まで筋を通しやがった……」

 勝鬨が響く城下を背に、竜也は一人つぶやいた。義兄弟と呼んだ男を、自らの拳で沈めた痛みは、勝利の喜びを覆い隠すには十分すぎた。



 凱旋の陣屋。酒と笑いに沸く織田方の中で、竜也組だけは重苦しい沈黙に包まれていた。

 「竜也殿……」新次郎が声をかける。「竜也殿、無理してるんじゃないですか?」

 竜也は首を横に振った。

 「無理なんかしてねぇ。ただ……義を守るために裏切った奴を、俺の拳で止めなきゃならなかった。それが、どうしようもなく悔しいだけだ」


 拳を握り直す竜也。その背中を、仲間たちは何も言えずに見守った。



 そこへ現れたのは、信長だった。戦場から帰ったばかりだというのに、目には疲労の影すらない。

 「竜也。おぬしの悔しさ、よく分かるぞ」

 信長は豪快に笑うと、盃を煽った。

 「だがな! そんな無駄を抱えた拳だからこそ、おぬしは誰よりも強い。義も情も切り捨てた奴らなど、所詮は骨抜きよ!」


 竜也は立ち上がり、吠えるように返す。

 「義を捨てたらタイマンは死ぬ! 長政の拳……俺は絶対に忘れねぇ!」


 その言葉に、信長は豪快に頷いた。

 「ならば次を見据えよ。浅井を退けた次の敵――甲斐の虎、武田信玄だ!」


 一瞬で陣屋の空気が変わった。竜也組の面々が顔を見合わせる。



 「武田……あの“風林火山”のか」

 「馬の軍団相手に、俺ら拳でどうしろってんだよ!」

 「冗談じゃねぇ、馬に蹴られたら一発で終わりだ!」


 仲間たちの不安は爆発した。竜也も眉をひそめる。

 「馬に乗らねぇでどうやって戦うんだよ……」


 その言葉を待っていたかのように、信長が大声で笑い飛ばした。

 「拳で馬を止めろ!」


 「はあ!?」竜也組全員が素っ頓狂な声を上げた。


 信長はさらに声を張り上げる。

 「おぬしたちの拳は、すでに槍も刀も砕いた。ならば次は馬よ! 馬すら止められねば、この乱世を生き残れん!」


 その言葉に、竜也の胸の奥で熱が弾けた。

 「……上等だ。見せてやるよ、俺の拳がまだ死んじゃいねぇってことを!」


 燃える瞳で拳を握りしめ、竜也は天を突くように吠えた。

 その雄叫びに竜也組の仲間たちも気勢を上げる。重苦しかった空気は一変し、戦意が燃え上がった。



 その夜、甲斐の国・躑躅ヶ崎館。

 信玄は床几に腰を掛け、扇で口元を隠しながら軍議を開いていた。山県昌景、馬場信春、高坂昌信、内藤昌豊――武田四天王が居並ぶ。


 「織田に、竜也という怪物がおるそうにございます」

 報告に、四天王の一人が苦笑した。

 「素手のタイマン狂いの暴れ者と……真か偽か」


 信玄は扇を閉じ、口角を吊り上げる。

 「面白い。拳と我ら、どちらが強いか――この乱世に試さぬ理由はあるまい」


 その笑みは、乱世の猛虎の影を浮かび上がらせた。



 美濃の空に吹く風が変わり始めていた。

 竜也の拳と、信玄の騎馬――乱世の新たな激突が迫っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ