第3話「野武士タイマン」
数日後。
松永景秀の領地にある小さな村が、野武士の群れに襲われた。
「火を放て! 女も子も攫え!」
鬨の声と共に、粗末な甲冑に身を包んだ野武士たちがなだれ込む。村人は逃げ惑い、守る兵も数では劣勢。領主の兵はまとまって迎え撃つが、戦況は芳しくなかった。
景秀は歯噛みした。
「くっ……兵の数が足らぬ! このままでは村が……」
そこへ、竜也が駆け寄る。
「オッサン、これじゃ埒あかねぇだろ。群れ同士で殴り合っても泥仕合だ」
「なにを申すか。戦とはそういうものだ」
「違ぇよ」竜也はギラリと目を光らせた。「群れなんざ要らねぇんだ。頭ひとつ潰しゃ、群れはバラける。喧嘩も戦も同じだろ」
景秀は呆気にとられた。家臣たちは鼻で笑う。
「また戯言を……」
「この非常時にふざけるな!」
だが竜也は耳を貸さない。
「オレが行く。野武士の大将、ぶっ飛ばしゃいいんだろ?」
言うが早いか、刀も槍も持たずに敵陣へ飛び込んでいった。
「お、おい待て竜也!」
止める声も届かない。
村を荒らす野武士の中、ひときわ目立つ大男がいた。虎皮を肩に羽織り、巨大な斧槍を振り回している。
「誰だァ! この村は俺様、鬼熊の縄張りよ!」
竜也は指を突きつけ、吠えた。
「テメェが頭か! タイマン張れやコラァ!」
「タイマンだと? 馬鹿か小僧!」
鬼熊は腹を抱えて笑う。だが竜也は容赦なく突進した。
大斧が唸りを上げる。だが竜也は低く潜り、タックルで鬼熊の腰を捕らえる。
「ぐっ……ぬうっ!」
巨体が揺れた。竜也は足を刈り、体勢を崩して組み伏せる。
「オラァッ!」拳の連打が鬼熊の顔面を撃ち抜く。鉄の面頬が歪み、血が飛び散った。
「な、なんだあの若造……!」
「頭領とタイマンを……!」
周囲の野武士がざわめく。
鬼熊は咆哮し、竜也を押し返す。大斧を拾い上げ、振り下ろす。
「死ねェッ!」
竜也は紙一重でかわし、カウンターの膝蹴りを顎に叩き込む。
ガキィン! 鈍い音と共に鬼熊の頭が仰け反った。
最後は――竜也の張り手が炸裂した。
「喧嘩はタイマンだっつってんだろがァ!」
轟音と共に鬼熊は地に沈み、動かなくなった。
一瞬の沈黙の後、野武士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「頭領がやられた! もう戦えねぇ!」
「ひ、退けぇ!」
戦場に残ったのは、勝ち誇る竜也の姿だけだった。
遠巻きに見ていた景秀の兵たちは呆然とした。
「……嘘だろ。頭一人を倒しただけで、軍が総崩れに……」
「まさか、本当にタイマンで戦の決着が……」
景秀も驚きを隠せない。だがやがて口元に笑みを浮かべた。
「なるほど……竜也の言葉、まったくの虚言ではなかったか」
竜也は拳を掲げ、吠えた。
「見たかオッサンども! 戦はタイマンで決めりゃ一発だ! オレが証明してやったぜ!」
兵士たちは顔を見合わせた。まだ完全には納得していない。だが少なくとも、竜也の“戯言”を笑い飛ばす者はもういなかった。
――戦国の常識を揺るがす“異端”が、確かに形を帯び始めていた。