第28話「拳で道を拓く」
戦場に残る血の匂いと土煙。斎藤軍が退いた後の静寂は、まるで竜也たちの勝利を刻む鐘の音のように響いていた。
「……やった、のか」
新次郎が呟いた。膝をついたままの竜也は、肩で荒く息をしながらも、ゆっくりと立ち上がる。拳は赤黒く染まり、骨の奥まで軋んでいた。それでも彼は笑った。
「へへ……やっぱ戦国は最高だぜ。デケェ奴とタイマン張れる舞台が、まだまだあんじゃねぇか」
その笑みに、仲間たちは胸を打たれる。竜也の拳はただの暴力ではない。仲間の声を背負い、未来を切り拓く力だった。
やがて織田信長が戦場に現れる。黒き甲冑をまとい、燃えるような眼差しを竜也に向けた。
「竜也よ。よくぞ義龍を退けた。その拳、まことに化け物じみておる」
「信長……てめぇの戦も、悪くなかったぜ」
「ふっ、褒め言葉と受け取っておこう」
信長は笑いながらも真剣な声で続けた。
「これで美濃は我が手に落ちた。天下布武への道は一歩近づいたのだ。だが、まだ壁はある。浅井、武田、比叡の僧兵……強き者どもが立ち塞がろう」
竜也の目がギラリと輝く。
「いいじゃねぇか。デケェ奴らがまだ残ってるってんなら、俺の拳の出番もまだまだだ」
「……貴様は戦国の鬼神か、それとも乱世の道化か」
信長は苦笑するが、その胸の奥で確信していた。竜也の拳は、ただの戦力ではない。人を惹きつけ、戦場を動かす――異端の力だと。
その夜、陣営の焚き火の周りで竜也組と織田兵たちが酒を酌み交わした。
「竜也殿、今日の拳は忘れられません!」
「義龍の剛刀を砕いたあの一撃、まさに雷鳴でしたぞ!」
兵たちが口々に称える。竜也は豪快に酒をあおり、火に照らされた拳を高く掲げた。
「忘れんなよ! タイマンは拳一つじゃねぇ! 仲間の声があってこそだ!」
歓声が響き渡り、戦場は宴と化す。竜也の拳は、戦うためだけのものではなく、人の心を燃やすためのものだと皆が知った。
――しかし、乱世は休む暇を与えない。
「竜也殿、耳に入れておくべきことがございます」
新次郎が焚き火の陰で声を潜めた。
「浅井長政が動いているとの噂。織田との縁を結ぶやもしれませんが……武田信玄の軍勢も西へと視線を向けているとか」
竜也は酒を置き、空を仰ぐ。満天の星が戦乱の光のように瞬いていた。
「浅井……武田……どっちも面白そうじゃねぇか。デケェ奴と殴り合えるなら、俺はどこへでも行くぜ」
拳を握る竜也の姿に、新次郎は思わず息をのむ。
――この男は、乱世そのものを拳で切り拓こうとしている。
やがて、信長の天下布武の旗の下に竜也の拳が加わることで、戦国はさらに熱を帯びていく。
浅井の若き勇将、武田の甲斐の虎――新たなる宿敵たちが待ち受けている。
「乱世はまだまだ終わらねぇ! 拳で道を拓くのは、この竜也様だァッ!!」
血まみれの拳を天に突き上げ、竜也は吠えた。
その声は、美濃の夜空を揺るがし、やがて天下を震わせる伝説の序章となった。




