第26話「拳と剛刀」
川辺に響くのは、ただ二人のぶつかり合う音だけだった。
斎藤義龍の大太刀が空を裂くたび、衝撃波が地面を抉り、砂利と血煙を巻き上げる。
「ぐっ……!」
竜也は身をひねり、紙一重でその剛刀を避ける。だが風圧だけで皮膚が裂け、血が飛び散った。
「……重てぇな。だが――」
歯を食いしばり、足を踏み込む。
「まだ当たってねぇんだよッ!」
竜也の拳が閃き、義龍の胸鎧を叩いた。鈍い衝撃音が響く。だが義龍は眉ひとつ動かさない。
「悪くはない。だが我が剛刀を止めるには、まだ足りぬ!」
次の瞬間、義龍の振り下ろした剛刀が地を割り、竜也の体を弾き飛ばした。
「竜也殿ォッ!」
竜也組の仲間たちが叫ぶ。新次郎が血走った目で前へ飛び出しかけたが、仲間に腕を掴まれた。
「行くな! これは竜也殿の戦いだ!」
「けど、このままじゃ……!」
織田兵たちも固唾を呑んで見守る。誰もが理解していた。あの大太刀の威力は、人の身で受け止められるものではない。
だが、竜也は膝を突きながらも立ち上がっていた。
「……ハッ、笑わせんなよ。俺はまだ倒れてねぇだろ」
血に濡れた顔で笑みを浮かべ、拳を鳴らす。
義龍が目を細める。
「立ち上がるか。ならば、潰れるまで振るうのみ」
剛刀が横薙ぎに走る。竜也はしゃがみ込み、地を滑るように潜り込んだ。拳を突き上げる。
「おおおッ!」
ゴンッ! 義龍の兜が鳴り、巨体がわずかに揺れる。
「やったぞ!」
兵たちから歓声が上がる。だが次の瞬間、義龍の足が振り下ろされ、竜也は胸を蹴り飛ばされて地面に叩きつけられた。
「ごほっ……!」
口から鮮血を吐く竜也。視界が赤く染まる。
「竜也殿ッ! 立てぇぇ!」
「負けんな! アンタの拳は、俺たちを救ってくれたんだ!」
竜也組の叫びが戦場に響く。仲間の声が、胸に突き刺さる。
――そうだ。俺はタイマンにこだわってきた。けど今は、一人じゃねぇ。背中に仲間の声を背負ってんだ。
竜也は血に濡れた歯を剥き出しにして笑った。
「……聞こえてるぜ。みんなの声がよ」
義龍が眉をひそめる。
「何を笑う。死にかけの男が」
「違ぇな。ここからが本番だ」
竜也は足を踏みしめ、全身に力を込めた。拳に赤黒い血が滴る。だがその目には、これまで以上の闘志が宿っていた。
「義龍! テメェの剛刀、ぶっ壊してやる!」
雄叫びと共に駆け出す竜也。義龍もまた剛刀を高く掲げる。
拳と剛刀――二つの力が、戦場の中央でぶつかり合った。
ドガァァァァンッ!!
轟音が大地を震わせ、兵たちは思わず耳を塞いだ。砂煙に包まれた中心で、拳と刃がせめぎ合う。
「うおおおッ!」
「ぬうううッ!」
竜也は血まみれの拳で必死に押し返す。義龍の剛刀が軋み、嫌な音を立てる。
仲間たちが叫ぶ。
「いけぇぇ! 竜也殿ッ!」
――まだ折れねぇ。ここで負けるわけにはいかねぇ!
竜也の全身に、仲間たちの叫びが力となって流れ込む。
拳と剛刀。
乱世を象徴する力と、異端の拳が、今まさに雌雄を決しようとしていた。
戦場の誰もが、息をすることすら忘れて見つめていた。




