第25話「義龍の剛刀」
戦の余韻が残る川辺。煙と血の匂いが漂い、兵たちの呻きがそこかしこから漏れていた。織田軍が辛うじて押し勝ったものの、空気は重く張り詰めたままだ。
その時、斎藤軍の本陣からざわめきが広がった。
「で、出てきたぞ……!」
「義龍様だ!」
川を渡り、堂々と姿を現したのは美濃の大将・斎藤義龍。長身で、鎧兜は黒漆に金の装飾が施され、背には常人の二倍はある大太刀を背負っている。その眼光は鋭く、戦場の喧騒をも一瞬にして凍らせた。
「……やべぇな」
竜也が呟き、拳を鳴らす。
義龍はゆっくりと歩み出ると、織田軍に響き渡る声で叫んだ。
「織田の猿、そして拳法者! 我が剛刀で首を落とし、乱世に示してくれる!」
その圧に織田兵たちが一歩退いた。だが竜也は一歩も引かず、笑みを浮かべた。
「ようやく大将自ら出てきやがったか。言っとくが――俺は群れじゃなく、タイマンしか興味ねぇんだ」
「ほう……」
義龍の口元がわずかに歪む。次の瞬間、大太刀が抜かれた。雷鳴のような音を立て、刃渡り六尺の剛刀が戦場に煌めく。
その圧倒的な存在感に、兵も武将も息を呑んだ。
◆
竜也が踏み込み、拳を突き出す。
「うおおおッ!」
義龍の大太刀が横薙ぎに振るわれた。
ドガァン!
地面が砕け、衝撃で竜也が吹き飛ばされる。土煙の中から転がり出た竜也は、口の端から血を流しながらも立ち上がった。
「……重てぇな。だが当たりゃしねぇ!」
笑いながら拳を構え直す。
義龍が一歩近づくごとに地面が震える。竜也は低く身を沈め、再び突っ込む。拳と剛刀が火花を散らし、戦場の中央でぶつかり合った。
◆
織田兵たちは遠巻きに見守りながら声を上げた。
「竜也殿、危ないぞ!」
「退けねぇよ……あの人は必ずやる!」
竜也組の仲間たちは必死に拳を握りしめる。新次郎が叫んだ。
「竜也殿! あんたが負けるわけねぇ!」
その声に竜也の瞳が燃える。義龍の大太刀が振り下ろされる刹那、竜也は体をひねり、かすめながらも拳を叩き込んだ。
ゴッ!
義龍の兜が揺れた。わずかに膝が沈む。
「ほう……拳で我を揺るがすか」
義龍の目に光が宿る。
竜也は血を吐きながらも、獰猛な笑みを見せた。
「これからだろ、タイマンは……!」
◆
戦場の兵たちは息を呑んで見守っていた。織田も斎藤も関係なく、誰もが二人の死闘から目を逸らせない。
剛刀と拳。力と力の激突は、まだ始まったばかりだった。




