第2話「笑われたタイマン論」
戦場で暴れた竜也は、鎧武者たちに取り囲まれ、縄で縛られて連行された。
「ちょっ、痛ぇだろ! 離せって!」
殴り倒した兵士の鎧片をまだ身体にくっつけたまま、竜也は陣幕の中へ放り込まれる。そこには先ほど丘から見下ろしていた武将――地方の小領主、松永景秀が座していた。
「こやつが例の若造にございます」
家臣が報告するや否や、陣内がざわついた。
「素手で兵を薙ぎ倒したと? まことか?」
「槍衆すら歯が立たなかったとか」
「馬鹿な。妖か、鬼の類だ」
竜也は憮然と胸を張る。
「オレは妖怪でも鬼でもねぇ。ただの人間だ。喧嘩好きの、竜也だ!」
その無駄に堂々とした態度に、家臣たちは苦笑を漏らす。
景秀が静かに口を開いた。
「竜也と申したな。問う。なぜ武器も持たず戦場に飛び込んだ?」
竜也はニヤリと笑う。
「決まってんだろ。戦はタイマンで決めりゃいい。群れでかかって民を巻き込むとか、クソダセェ真似はやめろってんだ」
一瞬の静寂。
次の瞬間、陣中に爆笑が起こった。
「な、なんと阿呆な!」
「戦国を知らぬ田舎者よ!」
「兵を率いてこそ武将、群れなくして戦など成り立たぬ!」
笑いは止まらない。だが景秀だけは口元を押さえ、笑わずに竜也を見つめていた。
「……なるほど。愚論よな。しかし――」
景秀は低く言った。
「その根性、嫌いではない」
家臣たちは目を丸くする。
「殿! このような戯けを……」
「よい。口先だけではあるまい。試してみればよいではないか」
景秀は手を叩き、命じた。
「道場に連れて行け。剣豪・吉田を呼べ」
その日の夕刻。
城下の道場に人だかりができていた。剣豪・吉田は領内随一の武芸者。彼に挑んでは誰も勝てなかった。
「おい、あの若造が吉田殿と一騎打ちらしいぞ」
「素手で挑むとか正気か?」
ざわめく観衆の中、竜也は前へ進み出た。
「おう剣豪さんよ、勝負だ。オレ流のタイマン、見せてやる!」
吉田が無言で木刀を構える。合図もなく、一閃。
「速ぇ!」
竜也は身を沈めて回避、そのまま組み付く。
「総合格闘技だとこうすんだよ!」
吉田の右腕を取り、腰を回転――巴投げ。轟音と共に畳に叩きつけられる剣豪。
「なっ、吉田殿が!」
観衆が息を呑む。吉田は立ち上がるが、竜也はすかさず距離を詰める。ジャブ、ローキック、膝蹴り――素手素足の連撃に吉田は防戦一方。最後はカウンター気味の掌底を顎に叩き込み、剣豪は仰向けに倒れた。
場が静まり返った。
竜也は汗を拭い、胸を張る。
「見たか! タイマンなら武器なんざ関係ねぇ。勝負は拳一つで決まるんだ!」
観衆の間から再び笑いが漏れた。
「た、確かに強い。だが、これが戦の役に立つかは……」
「まだまだ戯言よ」
それでも先ほどとは違い、完全な嘲笑ではなかった。驚きと畏れが混じっていた。
景秀は口元に笑みを浮かべる。
「竜也、面白い。今はまだ笑い話かもしれぬ。だが――その“タイマン道”とやら、少しは見届けてみたくなった」
竜也は拳を握りしめ、吠えた。
「オレの信念は曲げねぇ! 戦は群れじゃねぇ、タイマンで決めろ! オレが証明してやる!」
その声は道場の梁を震わせ、戦国の常識に小さな亀裂を入れたのだった。