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戦国タイマン録  作者: やしゅまる


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第19話「桶狭間の夜」

豪雨に煙る戦場に、突如として静寂が訪れた。

 ――今川義元、討ち死に。


 その報せは稲妻のごとく駆け抜け、敵陣の士気を根こそぎ打ち砕いた。

 「う、嘘だろ……義元様が……!」

 「退けぇっ! もはや戦は終わりだ!」

 今川軍は雪崩を打つように総崩れとなり、谷を埋め尽くしていた大軍勢が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


 泥に塗れ、血に染まった竜也はその光景を見届けて、肩で荒く息を吐いた。

 「……勝った、のか」

 仲間たちも地に膝をつきながら、互いに顔を見合わせては安堵の笑みを浮かべた。



 やがて、織田軍の陣に歓声が広がった。

 「勝ったぞォーッ! 義元を討ったァ!」

 兵たちは鬨の声を上げ、武具を掲げて夜空に響かせる。

 その熱気に包まれながら、竜也は泥に拳を突き立てた。


 「……生き延びたな、俺ら」

 新次郎が笑いながら横に倒れ込み、他の仲間たちも「竜也殿のおかげだ」と声を揃える。


 竜也は首を振った。

 「違ぇよ。誰一人欠けずにここまで来れたのは……全員で拳振るったからだ」



 そこに、甲冑の隙間から雨を滴らせた信長が歩み寄ってきた。

 彼の目は勝利の高揚に輝き、血に濡れた刀を携えている。


 「皆の者、聞け!」

 信長の声が轟く。兵たちが息を呑み、視線が一斉に集まる。


 「義元の首を取れたのは、竜也とその仲間が道を切り開いたからだ。あの拳がなければ、我らはここに立ってはいまい!」


 ざわめきが広がった。

 最初は「ただの乱暴者」と笑っていた武将たちも、今や真剣な眼差しで竜也を見つめている。

 「喧嘩小僧が……大名を討つ戦の立役者に」

 「いや、あれはもう武士以上の武士よ」


 竜也は頭を掻きながら、気恥ずかしそうに笑った。

 「俺はただ……タイマン張って、仲間を守りてぇだけなんだがな」



 その夜、桶狭間の谷には焚き火が灯り、疲れ切った兵たちが肩を寄せ合っていた。

 雨雲は去り、星が戦場を静かに照らしている。


 竜也組の面々は火を囲み、濡れた衣を乾かしていた。

 「竜也殿、あんたが庇ってくれなきゃ、俺はもうここにいねぇ」

 新次郎が腕を抱えながら呟く。


 竜也は焚き火に映る拳を見つめ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 「……タイマンは一人で勝つもんじゃねぇ。仲間を背負って、守って、その上で勝つもんだ。俺は今日、それを学んだ」


 仲間たちは頷き、拳を突き合わせる。

 「俺らも同じ気持ちだ。竜也殿と一緒にいれば、どんな戦でも拳で勝てる」



 そこに信長が再び現れた。焚き火の赤に照らされたその顔は、戦場を制した男の鋭さと余裕を帯びている。

 「竜也」

 「おう、信長」


 二人は言葉少なに見つめ合い、やがて同時に拳を突き合わせた。

 火花のような音が、夜空に弾ける。


 「次は天下だ」

 信長の低い声が響く。

 竜也はにやりと笑い、拳を握り直した。

 「上等じゃねぇか。もっとデケェ奴とタイマン張る準備はできてんだ」


 焚き火が爆ぜ、夜空に火の粉が舞う。


 ――桶狭間の夜は、乱世の幕開けを告げる狼煙となった。


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