第17話「竜也、突入!」
豪雨の中を突き進んだ織田軍は、ついに桶狭間の谷を抜けた。
前方に翻るのは――金糸を織り込んだ今川義元の大旗。
その周囲には、槍衾を組んだ精鋭部隊が幾重にも壁を築いている。
「う、動けねぇ……!」
織田兵の足が止まった。数千の兵を相手にするにはあまりに分が悪い。
大雨で混乱していた敵軍も、さすがに本陣近くでは統制が取れていた。
槍の穂先が雨粒を弾き、ぎらりと光る。
その空気を切り裂くように、竜也が吠えた。
「ビビってんじゃねぇッ! 俺らが道ァ拓く! 全員ついて来いッ!」
泥を蹴立て、竜也組の若者たちが突進する。
「おうッ!」「竜也殿に続けッ!」
仲間の叫びが雨を突き破る。
◆
最初に立ち塞がったのは、槍を構えた今川の武将だった。
「無謀な小僧め、ここを通すと思うか!」
鋭い突きが、竜也の胸を狙う。
だが竜也は一歩踏み込み、左腕で槍の石突きを掴んだ。
「こんな棒切れで俺を止められるかよ!」
筋肉が唸り、槍の柄がバキリと折れた。
竜也の拳が武将の兜に叩き込まれる。鉄が歪み、武将は泥に沈んだ。
仲間たちも次々と拳を振るい、敵兵を倒していく。
「拳で押し切れッ!」「織田の喧嘩見せてやれ!」
雨と血が入り混じり、戦場は混沌と化した。
◆
だが、敵の反撃は苛烈だった。
竜也組の一人、若武者・新次郎が背後から槍に狙われる。
「ぐっ……!」
振り返る暇もなく、穂先が喉元に迫る。
「バカ野郎ッ!」
竜也が咄嗟に飛び込んだ。己の体を盾にし、槍を腕で受け止める。
鉄の穂先が甲冑を突き破り、肉を裂いた。鮮血が雨に溶ける。
「竜也殿ッ!」
仲間の叫びが轟く。
竜也は歯を食いしばり、槍を掴んだまま怒号した。
「こんなもん……折れろォッ!」
全身の力を込め、拳でへし折る。折れた穂先は地に突き刺さり、敵兵は恐怖に目を見開いた。
「俺は言ったよなァ! 誰一人、死なせねぇってよ!」
竜也の目は炎のように燃えていた。
◆
その背中を見て、仲間たちは奮い立った。
「竜也殿が庇ってくれた!」「俺らも応えるぞ!」
竜也組の拳が次々と敵をなぎ倒す。
織田兵も士気を取り戻し、竜也の背に続いた。
豪雨は戦場を洗い流し、槍衾が崩れ始める。
「う、うろたえるな! 本陣を守れ!」
敵将の怒号も、竜也の咆哮にかき消されていった。
「どけぇッ! 俺らの拳で道は拓けるッ!」
◆
その光景を後方から見ていた信長は、思わず笑った。
「……あの拳は嵐だ。竜也が暴れるほど、敵の陣形が崩れる」
雨に濡れた顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
「面白い。あの拳が俺を義元の首へ導く――!」
◆
竜也は拳を血で濡らしながらも立ち止まらなかった。
新次郎を背に庇い、仲間たちを鼓舞し、ただ前へ。
「ここまで来たら退く気はねぇ! 俺らで信長を義元まで届けるんだッ!」
仲間たちが拳を突き上げ、応える。
「おうッ!」「竜也殿に命、預ける!」
雨が戦場を覆う中、竜也の拳は雷鳴のように敵陣を切り裂いた。
――今川義元本陣まで、あとわずか。
竜也組の喧嘩は、いよいよ佳境を迎えようとしていた。




