第14話「信長と竜也」
清洲城――。
戦勝の余韻がまだ城下に漂う中、竜也は柴田勝家に呼ばれ、奥の広間へと案内された。そこに待っていたのは織田信長本人である。
「来たか、竜也」
信長は膝を組み、鋭い眼光で竜也を見据えた。その背後には重臣たちが並び、場の空気は重く張り詰めていた。
「……何の用だ。俺ぁタイマンで疲れてんだぞ」
竜也はふてぶてしく頭を掻いた。家臣たちは一斉にざわめく。
「無礼者!」「殿の御前でその態度……!」
だが信長は手を上げ、静かに制した。
「竜也。俺はお前に問いたい。お前は、何のために戦う?」
その声音には怒気も嘲りもなく、ただ純粋な問いがあった。
◆
一瞬、竜也は言葉に詰まった。
「……決まってんだろ。強ぇ奴と殴り合うためだ。タイマンこそ、俺の生き様だ」
彼の答えに、家臣たちは呆れ顔を見せる。
「子供じみた……」「乱世を遊び場と勘違いしておる」
信長も口元を歪めた。だが、それは怒りではなく笑みだった。
「ならば問う。仲間が死ぬとわかっていても、同じ答えを言えるか?」
竜也の胸に、先日の光景が甦る。矢に射抜かれ、血を流して倒れた仲間の顔。墓標の前で握りしめた拳。
言葉は喉で詰まり、竜也は苦々しく歯を噛んだ。
「……強ぇ奴と殴り合う。それが一番だ。だが……」
拳を握り直し、彼は吐き出すように続けた。
「仲間を死なせるのは……もうゴメンだ。守りてぇ奴を守るために、俺は殴る。それがタイマンでも、戦でもな」
◆
沈黙が広間を支配した。家臣たちの目が変わる。
「……守る、だと」
「喧嘩屋がそんなことを……」
信長は静かに立ち上がり、竜也に歩み寄った。
「そうか。それでいい」
信長は竜也の肩に手を置き、声を張った。
「聞け! 竜也はただの乱暴者にあらず! 拳の裏に仲間を思う心を宿す者よ!」
家臣団がざわめく中、信長は続けた。
「俺は尾張を治め、この乱世を駆け抜ける。そのために必要なのは、理でも兵法でもない。人を動かす力だ。竜也、お前はそれを持っている」
信長の目が鋭く光る。
「ならば俺が命ずる。竜也――お前は俺の右腕となれ!」
◆
竜也は一瞬ぽかんとした。
「はァ? 右腕? 俺はただの喧嘩屋だぞ」
「違う。喧嘩屋だからこそだ」
信長は笑った。
「お前の拳は群れを壊すが、同時に新たな群れを生む。家臣たちよ、見たであろう。竜也に従う若者たちの姿を」
重臣の一人が渋々口を開いた。
「……確かに。竜也組の者どもは、命を賭して奴を支えておりました」
別の武将も続ける。
「乱暴者に見えて、戦場では妙に筋が通っている」
次第に場の空気は竜也を受け入れるものへと変わっていった。
◆
竜也は鼻を鳴らした。
「チッ……結局、群れってのはそういうもんかよ。けどな、俺はタイマン主義だ。それだけは譲らねぇ」
信長は愉快そうに笑った。
「よかろう。ならばタイマンで乱世を切り開け。俺は群れを動かす。お前は拳で道を拓け。それでこそ左右の手だ」
竜也は肩を竦め、笑った。
「……しょうがねぇな。じゃあ俺が道をブチ開けてやるよ」
◆
その夜、竜也組の仲間は大広間の片隅で、主の言葉を聞いていた。
「竜也殿が……信長公の右腕に」
「すげぇよ。タイマンがついに国盗りの道につながるなんてな」
竜也は仲間に振り返り、拳を突き上げた。
「聞いたな。これからもっとデケェ奴らと殴り合える。だが忘れんな。誰一人、仲間は死なせねぇ。俺の拳が守る」
その言葉に仲間たちは胸を叩き、応えた。
清洲の夜空に、笑い声と拳をぶつけ合う音が響いた。
竜也の“タイマン”は、もはや喧嘩ではなく――戦国を変える力へと変わりつつあった。




