第13話「斎藤義龍との影」
美濃・稲葉山城――。
薄暗い広間に座すのは、斎藤義龍であった。父・道三の血を継ぎ、武威をもって美濃を束ねる若き大将。だがその眼差しには、すでに猜疑と苛烈が宿っていた。
「……尾張に妙な若造が現れたと聞く」
義龍は静かに口を開く。
「名は竜也。群れを退け、一人で将を討つと。笑止千万……そんな異端を許せば、我ら武士の道が乱れる」
傍らの家臣たちが頷く。
「殿、奴は兵をまとめる術を知らぬ喧嘩者。今のうちに潰すべきかと」
義龍は嗤った。
「うむ。ならば命ず――竜也狩りをせよ」
◆
数日後、尾張・美濃の国境の山道。
竜也組は再び斥候の任を負い、谷間を進んでいた。
「最近やけに出番多いっすね、俺ら」
「まぁな。だが敵と出くわしゃ結局タイマンよ」
竜也は軽口を叩きながらも、妙な胸騒ぎを覚えていた。
次の瞬間――四方の藪が揺れ、無数の槍が突き出された。
「出やがったな、伏兵!」
「尾張の乱暴者を逃すな!」
谷を埋めるように、義龍の兵が雪崩れ込む。
竜也組は背を合わせて必死に応戦する。だが数はあまりにも多い。
「竜也殿、囲まれました!」
仲間が叫ぶ。矢が雨のように降り、盾代わりの竹も次々と貫かれていく。
竜也は歯を食いしばり、敵の中央を睨んだ。
――あの鎧……。馬上に構える武者、義龍の副将だ。
「頭はあそこか……!」
◆
「おいテメェら、耳かっぽじって聞け!」
竜也の怒声が戦場を裂いた。
「群れだの数だの関係ねぇ! 大将一人出てこいや! テメェらの親分と、タイマンで決めてやる!」
その豪胆さに、敵兵の動きが一瞬止まる。
「な、なんだこの若造……」「狂ってやがる」
ざわめきの中、副将が馬を進めた。
「無礼者め。殿の首を狙う前に、この儂が相手をしてやる!」
竜也は唇を吊り上げ、拳を握った。
「上等だコラァ!」
◆
剣と拳がぶつかり合う。
副将の太刀が閃くたびに、竜也はギリギリで身を捻り、懐へ潜り込む。
拳、肘、膝――路上喧嘩仕込みの肉弾戦法が炸裂し、副将の鎧がへこむ。
「ぐっ……この小僧、武器も無しに!」
竜也は吠える。
「武器なんざいらねぇ! 俺の拳が武器だッ!」
最後は渾身の頭突き。鉄兜ごと顔面を砕かれ、副将は地に崩れた。
「副将がやられたぞ!」
敵兵の列が一気に乱れる。竜也組は叫んだ。
「頭が潰れた! 今だ、突破するぞ!」
◆
必死の突撃で包囲を破り、竜也組は山道を駆け抜けた。
敵兵は指揮を失い、追撃も散漫となる。
丘の上で息を整えた仲間が笑った。
「竜也殿……やっぱ頭潰しゃ勝てるっすね!」
「だろ? 群れなんざ、頭ひとつで成り立ってんだ」
竜也は鼻で笑いながらも、胸の奥に熱を覚えていた。
◆
一方その頃。稲葉山城に報せが届く。
「副将、竜也に討たれました」
義龍は眉を吊り上げた。
「……やはり異端者。数の理を嘲り、群れを乱すか。ならば次は、儂自ら――」
その声には、ただの若造への怒りではなく、得体の知れぬ恐怖が混じっていた。
◆
夜。清洲城に戻った竜也は勝家に報告を済ませると、仲間と酒を酌み交わした。
「お前ら、よく持ちこたえたな」
「いやいや、竜也殿が突っ込むのが見えたら、不思議と背中押されるんすよ」
「そうだそうだ。タイマンの背中に群れがついてくってやつだ」
竜也は黙り込み、少し照れたように笑った。
「……オレは群れねぇ。だが、お前らだけは離さねぇからな」
その夜の笑い声は、戦国の乱世に小さな火を灯した。




