第12話「美濃の国境戦」
尾張と美濃の国境――鬱蒼とした竹林の先に、小競り合いの火種が広がっていた。
「竜也殿、今度は斥候の役目だ。敵の動きを探り、戻って報告せよ」
柴田勝家の命を受け、竜也は「竜也組」の若者たちを率いて出立した。
「へいへい、偵察ってのもタイマンよりゃ地味だなぁ」
「バカ言え、敵と出会えばどうせタイマンになるっすよ!」
仲間の軽口に竜也は鼻で笑った。
「奇襲だろうが待ち伏せだろうが関係ねぇ。頭一人ぶっ倒しゃ全部終わりだ」
◆
夕暮れ時。竜也組は谷間の道を進んでいた。
突如、木々の陰から矢が飛んだ。
「伏兵だ!」「囲まれたぞ!」
竹林の中から武装した足軽が雪崩れ出る。
「くそっ、やっぱ奇襲か!」
「竜也殿、数が多すぎます!」
竜也は血走った目で敵陣の中央を見据えた。馬上に立つ副将格の武士が指揮を執っている。
「いたぜ、頭はアイツだ……!」
叫ぶや否や敵兵を殴り飛ばし、一直線に副将へ突撃した。
◆
副将は長巻を構えて待ち構えていた。
「小僧、無謀にも程がある!」
「黙れ! タイマンで決めろやァ!」
刃が閃く。竜也は身を捻って紙一重で回避、そのまま体当たりで馬から引きずり落とした。
地面に叩きつけられた副将の顔面に拳が落ちる。
「ぐはっ!」
さらに肘打ち、膝蹴り。鉄兜が歪み、血が飛び散る。
「竜也殿が……本当に副将を!」
仲間が歓声を上げると同時に、敵兵の列が揺らぎ始めた。
「副将が討たれたぞ! 退け! 退けぇ!」
群れは一気に崩れ、竹林に散っていった。竜也組は勝利を収めたのだ。
◆
だが、喜びは長くは続かなかった。
「……竜也殿。こいつ、もう……」
仲間の一人が胸を押さえ、血に染まって倒れていた。矢が深々と突き刺さり、息絶えていた。
竜也は言葉を失った。仲間の顔はまだ笑っているように見えた。
「おい……起きろよ。お前、まだタイマンの約束だって……」
声は震え、拳は血で濡れた土を掴んでいた。
◆
戦いのあと、仲間の墓が小さな丘に作られた。木の枝で組んだ粗末な墓標に、竜也は拳を突き立てるように置いた。
「……クソッ。タイマンは最高だ。でも……仲間の死は笑えねぇ」
夕陽に照らされた竜也の横顔は、いつもの豪胆さとは違っていた。
「頭を潰せば戦は終わる。けどな……その前に散る仲間がいる。それは絶対許せねぇ」
拳を強く握りしめる。
「オレはこれからもタイマンで進む。だが……仲間だけは死なせねぇ。何があってもだ」
仲間たちは沈黙し、竜也の背中を見つめていた。その姿に、ただの喧嘩屋ではない、仲間を抱える“頭”の影を見たからだ。
◆
その夜。清洲城に戻った竜也は報告を済ませた後も、無言で拳を握り続けていた。
信長は遠目から竜也を見て笑った。
「……あやつ、ただの乱暴者ではないな。拳の裏に、仲間を思う心を宿したか」
そして呟いた。
「タイマンと群れ――その二つを背負う者こそ、乱世を変えるかもしれぬ」
竜也は空を仰ぎ、墓前で誓った言葉を胸に刻んでいた。
――タイマンは俺の道だ。だが仲間の命は、何よりも重ぇ。
その決意は、やがて乱世を震わせる新たな力へと変わっていくのだった。




