第11話「武士道との衝突」
清洲城の大広間。戦勝から戻った織田軍の面々は、凱旋の余韻に包まれていた。だが、その空気はすぐに張り詰めたものへと変わっていった。
「竜也殿――あの戦場での一騎打ち、見事ではあったが……あまりに無謀にござる」
柴田勝家が低い声で口火を切る。その隣で佐久間信盛も眉をひそめた。
「戦とは軍と軍がぶつかり合うもの。将一人を討ったところで、必ずしも勝てるものではない。あの戦が勝てたのは幸運に過ぎぬ」
ざわり、と家臣団に同調する声が広がった。
「確かに勇ましいが、乱世は度胸だけでは乗り切れぬ」
「兵を危険に晒すなど、蛮勇以外の何物でもない」
批判の矛先は一斉に竜也へ向けられる。だが竜也は少しも怯まなかった。
「チッ……また群れてブツブツ言いやがって。気に入らねぇならタイマンで決めりゃいいだろが!」
堂々とした挑発に家臣たちが息を呑む。勝家の目がギラリと光った。
「……ふん。良かろう。そこまで言うならば、拙者が相手をしてやるわ!」
◆
翌日。清洲城の庭に即席の土俵が設けられた。見物人として織田家中の武将が集い、竜也と勝家の模擬戦が始まろうとしていた。
「勝家様が相手とは、竜也殿も命知らずよ」
「戦場の勇敢さは認めるが、武士の技量はまた別だ」
ざわめく声を無視し、竜也は拳をぐっと握る。対する勝家は大太刀を肩に担ぎ、堂々とした風格を漂わせていた。
「竜也。戦とは己が命と家中を預かるもの。軽々しく遊び半分の喧嘩で語るな」
「オレにゃ家も名もどうでもいい。強ぇ奴とタイマン張れりゃそれでいいんだよ!」
両者、視線がぶつかり合う。次の瞬間、勝家が大太刀を振り下ろした。轟音とともに地面が裂ける。だが竜也は紙一重で身を捻り、その懐に飛び込んだ。
「おらァッ!」
拳が勝家の頬を打ち抜き、巨体がよろめく。
「ぐぅ……!」
勝家はすぐさま踏みとどまり、薙ぎ払うように斬りつける。しかし竜也は足払いで体勢を崩し、そのまま背中にタックルを叩き込んだ。
土煙が舞い、勝家の大太刀が地面に転がる。観衆がどよめいた。
「まさか……勝家様が!」
「拳で武士をねじ伏せるとは……!」
勝家は苦々しい表情を浮かべながらも立ち上がる。
「竜也……貴様の戦いは、あまりに粗野だ。だが――力を侮ってはならぬということか」
竜也は肩で息をしつつ、ニヤリと笑った。
「オレのやり方が気に入らねぇなら、何度でもタイマンしてくれりゃいい。それがオレの筋だ」
◆
沈黙の後、勝家は深々と息を吐いた。
「……認めよう。お主の力、そしてその覚悟。少なくとも口先だけの蛮勇ではない」
その言葉に周囲の武将たちも次第に声を失い、やがて静かに頷き始めた。
「確かに、侮れぬ力だ」
「戦場であの勢い……一理あるかもしれぬ」
信長は高座から豪快に笑った。
「ははは! 面白いではないか! 竜也の拳は戦国の常識を打ち破る。お前たちも見習え!」
家臣たちは渋々ではあるが竜也を認めざるを得なかった。
◆
戦いの後、庭を歩く竜也に仲間の若者が駆け寄った。
「竜也殿、やっぱすげぇっす……! でも、武将たちを敵に回したら危ねぇんじゃ……」
竜也は笑い飛ばした。
「関係ねぇ。群れて文句言う奴は全部拳で黙らせりゃいい。それがオレのやり方だ」
夕暮れの空に、竜也の笑い声が響いた。
――武士道とヤンキー道。その価値観の衝突は、乱世の中で新たな火種を生み出していくのだった。




