第1話「群れなんざダセェ」
竜也は喧嘩が好きだった。
いや、ただ殴る蹴るが好きなのではない。格闘技を愛していた。ボクシング、柔道、総合格闘技――雑誌で研究し、動画で学び、実戦で試す。いつしか不良の間では「格闘オタクの番長」と呼ばれ、恐れられる存在になっていた。
竜也には一つの信条がある。
――喧嘩はタイマンだ。
群れてかかるのは弱虫のやること。だからこそ、暴走族の抗争で敵が二十人いても一人で飛び込んだ。
「おらァ! 天下はタイマンで決めんだよ!」
拳を振るい、膝蹴りを叩き込み、頭突きをぶちかます。だが数は数。背後から鉄パイプで殴られ、竜也は意識を手放した。
――気がつくと、地鳴りのような足音が響いていた。
「……なんだ、ここは?」
目を開けると、周囲は土煙。槍を構えた兵が何百と突進し、鎧を着た武士が刀を振るう。
「え……合戦?」
竜也は目を白黒させる。だが状況を理解するより先に、足軽の一人が突き飛ばしてきた。
「どけ小僧!」
「……は?」竜也の眉が吊り上がる。
目の前で、群れで敵を叩き潰す光景。竜也の魂が沸騰した。
「群れで殴る? クソダセェだろそれ!」
槍が迫る。だが竜也は怯まない。
「タックル!」
腰を落とし、喧嘩仕込みの低いタックルで足軽を地面に叩きつける。さらに隣の兵士に掌底。鎧ごと顔面を揺らし、吹っ飛ばした。
武器もない。だが拳と膝と投げ技だけで、次々に武士を倒していく。
「オラァ、武器なんざ関係ねえ! 勝負はタイマンだ!」
周囲の兵士たちがざわめく。
「あ、あの若造……槍衆を素手で……!」
「馬鹿な、怪力の化け物か?」
だが竜也は止まらない。
刀を振り下ろされればボクシングのスウェーでかわし、胴を掴んで一本背負い。鎧の重みごと地面に叩きつける。
「これが路上流だ、覚えとけ!」
戦場の一角でただ一人、竜也は暴風のように立ち回った。
その姿を、少し離れた丘の上から見下ろす一人の武将がいた。
甲冑の下で目を細め、口元に笑みを浮かべる。
「……面白い奴だ。兵を従えず、素手で戦場を駆けるとは」
武将の背後で家臣が訝しむ。
「殿、あれはただの狂人では? すぐ討ち取られましょう」
「いや、見ろ。あの目……勝負に酔っておる」
武将は興味深そうに呟いた。
「もしあやつを家中に引き入れられれば……」
竜也は気づかない。自分の戦いが、ある弱小領主の目に留まっていることを。
彼のタイマン主義は、まだ戦国の常識からすれば笑い話にすぎない。だが――この時からすでに、戦国の流れを揺るがす“異端”が芽吹いていた。
土煙の中、竜也は吠える。
「オレは竜也! 群れなんざ要らねえ、タイマンでこの世をブッ倒す!」