ウソでもいいのであなたの声を聞かせてください
今日は王宮でアレックス様とお茶会です。
「いい天気ですねえ。風が爽やかです」
「……」
「マーガレットが見頃だそうですよ」
「……」
「えっ、王宮庭にもマーガレットがあるのですか? それは存じませんでした」
「……」
「はい、お供いたします」
うふふ、アレックス様嬉しそうですね。
もちろんわたくしにはわかりますとも。
カルネシア王国第一王子アレックス殿下はわたくしシャーロットの婚約者です。
わたくしはメルクロフト侯爵家という大貴族の娘ですから、まあよくある政略の婚約というものですね。
でもうまくやれていると思うのです。
ただ一点を除いては。
アレックス様のエスコートで王宮庭へ。
つるバラの小路の向こう側に白い花が見えてきます。
ああ、奇麗なマーガレットですね。
「……」
「マーガレットの飾り気のない素朴さがお好きですか? わたくしもなのです」
アレックス様はわたくしと喋ってはくださらないのです。
ウソを吐くのが嫌だからという理由です。
最初は戸惑いましたが、アレックス様とは心が通じ合っているのですかね?
視線や仕草で合図してくださいますし、思ったよりコミュニケーションを取るのに不自由でなかったりします。
アレックス様のことを真に理解しているのはわたくしだけなのだなあと、優越感にも浸ることもできます。
でもやはりもの足りないのです。
わたくしにもアレックス様の声を聞かせてくださいませ。
「ねえ、アレックス様? わたくし、寂しいのです」
「……」
「ええ、アレックス様のお考えはよく存じていますけれど」
「……」
「……要するにフェリシア・ディラック伯爵令嬢の存在なのでしょう? アレックス様のお心の内を占めているのは」
「!」
アレックス様相当驚いたみたいですね。
わたくしがフェリシア様についてチェックしているとは思わなかったのでしょう。
アレックス様のことなら何でも知りたいですよ。
あっ、アレックス様の声が発せられます。
「……知っていたのか」
「ええ、調べさせましたから」
「さすがはシャーロットだ。僕の婚約者だけのことはある」
「ありがとうございます。それよりアレックス様の声は素敵です。これからは普通に話してくださいませ」
「普通、か。」
フェリシア・ディラック伯爵令嬢は殿下の幼馴染だそうです。
わたくしはお名前しか存じませんが、アレックス様とは将来を誓った仲であるとか。
邪魔なのはわたくしの方なのですよね。
「シャーロットを裏切る気がして嫌なのだが」
「大体の事情は把握しておりますので、お気になさらず」
「敵わんな。シャーロットには全て話しておくか」
「お願いいたします」
アレックス様の真の胸の内となると、わたくしでも把握しきれていないところがありますから。
アレックス様のことを何でも知りたいというのは、わたくしの本心なのです。
「僕が一番好きなのはやはりフェリシアなのだ。シャーロットには申し訳ないが」
「いえ、正直に話してくださってありがとう存じます」
「しかしこの世で一番好きなのはシャーロットだ。これもまた偽りないこと」
フェリシア様は流行病で亡くなったのです。
もちろんアレックス様とわたくしの婚約成立よりもずっと前のこと。
当時アレックス様は大変な嘆きようだったと聞いています。
ただ現在フェリシア様が生存しておられたらどうでしょう?
ディラック伯爵家は名家ではありますけれども、勢力が強いとは言えません。
将来のカルネシア王たるべきアレックス様の後ろ盾としては疑問です。
アレックス様とフェリシア様が結ばれることはあったでしょうか?
「フェリシアを思いながら君に愛を語るのは違う気がしてな。フェリシアにも君にも不誠実であると」
「アレックス様は真面目でございますね」
「シャーロットはどう考える?」
「亡くなった方には勝てませんわ。でも勝ち負けの問題ではありませんよね?」
「えっ?」
アレックス様は凛々しい殿方です。
でもそういうポカンと口を半開きにする表情は可愛いと思えます。
王族らしくなくてもいいのです。
二度おいしい系ですね。
「過去は過去でよろしいではありませんか。思い出は大事に取っておけばいいですよ」
「現在君を愛していればいいということか?」
「愛まで要求しません。政略の婚約ですよ? わたくしとうまくやっていくことを約束してくださればいいなあ、とだけ思います」
「ふむ、国のためだな?」
「はい」
国のため、と来ました。
わかります、アレックス様が真摯で律儀でいらっしゃることは。
しかし将来の王としては……。
「王はウソを吐かねばならぬ場合もありますが」
「もちろん正直に話せぬことがあることは承知している。しかし僕と君との関係は国事とは別だろう?」
「別とお考えですか。政略の婚約であっても」
「私事が多い、だからこそウソはよくないと考えていたな」
「アレックス様のお考えはよくわかります。ただ実際問題として、殿下とわたくしが話さないというのは、影響が大きくなります」
不仲なのでは、婚約は解消になるのではという、誤ったメッセージを臣民に与えてしまうでしょう。
いらぬ混乱の元です。
「男女間についての僕の考えはさておき、国のために僕達の会話が必要という意見だな?」
「はい、その通りです」
「シャーロットの感覚は実に現実的だな。……いや、僕もそれが正しいと考えてはいたが、踏み切れなかった」
いえ、アレックス様も話すことが必要だと理解はされていたのでしょう。
声に出してこそ伝わることがありますから。
今までのポーズもあり、きっかけを掴めなかっただけ。
「シャーロットはいいのか? 真実ばかりとは限らぬ言葉でも」
「もちろんですとも。アレックス様の声を聞けることが嬉しゅうございます」
「そう言ってもらえると、僕も気が楽にはなるな」
「もっともわたくしはアレックス様を一番愛しておりますけれどもね」
「えっ?」
もう、アレックス様はズルいのですから。
その表情が可愛いことは存じておりますってば。
「……本当なのかい? 君は淑女で、考えていることがよくわからないから」
「うふふ。わたくしはアレックス様のように、ウソを吐きたくないと決めたわけではありませんので」
「ええ? その煙に巻くような言い方はひどいな。シャーロットには負ける」
アハハウフフと笑い合います。
やはりお互い声を出して話す方が、心が浮き立ちますよ。
今後ともよろしくお願いいたしますね。
……ところでアレックス様は御存じでしたでしょうか?
マーガレットの花言葉に、『心に秘めた愛』というものがあることに。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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