喫茶店の予約席 第3話:一杯のコーヒーのために
こんにちは!エピソード11、完結編です。
職人のプライドから、新しい技術を拒む昭雄マスター。
しかし、ある若いお客様との出会いが、彼の頑なな心を、少しだけ動かします。
数日後の、冷たい雨が降る日だった。
さすがの「珈琲館」も、この天気には勝てない。珍しく、店には客は誰もいなかった。
昭雄さんは、カウンターの内側で、新しい豆のブレンドを試しながら、静かな時間を過ごしていた。
チリン、とドアベルが鳴った。
入ってきたのは、一人の若い女性だった。濡れた傘を丁寧に畳みながら、少し躊躇うように、店内を見渡している。
「あの…席、空いてますか?」
「ええ、どうぞ。お好きな席へ」
女性は、ほっとしたように表情を和らげると、カウンターの席に腰を下ろした。
そして、メニューを開く前に、こう言ったのだ。
「よかった…。スマホのアプリで見たら『空席あり』ってなってたから。思い切って来てみたんです。このお店のコーヒー、ずっと飲んでみたかったんですよ」
その言葉に、昭雄さんはハッとした。そして、カウンターの下に目をやる。
そこには、先日、文が「お試しだから!」と半ば強引に置いていったタブレット端末が、静かに置かれていた。文が、気を利かせて「空席あり」に設定しておいてくれたのだろう。
目の前の女性は、その、自分が見下していたはずのデジタルの光を頼りに、わざわざこの雨の中を歩いてきてくれたのだ。
昭雄さんは、何も言わず、いつも以上に丁寧に、心を込めてコーヒーを淹れた。
一滴一滴、お湯を落とす音だけが、静かな店内に響く。
女性は、差し出された一杯を、両手で包み込むように持ち、宝物のように、ゆっくりと、大切に味わっていた。
彼女が帰った後、昭雄さんは、カウンターの下のタブレット端末を、おもむろに取り出した。
画面には、「満席にする」「空席ありにする」を切り替える、大きなボタンが二つだけ、シンプルに表示されている。
彼は、しばらくその画面を睨みつけると、やがて、諦めたように、しかし、どこか吹っ切れたように、小さく呟いた。
「…仕方ねえな。この一杯のためだ」
彼は、そっと、指で「空席あり」のボタンを、もう一度、強く押した。
それは、頑固な職人が、自分のプライドよりも、まだ見ぬ未来の誰かが味わう、たった一杯のコーヒーを選んだ、小さな、しかし、温かい瞬間だった。
エピソード11、最後までありがとうございました!
昭雄マスターの不器用な優しさ、素敵でしたね。
さて、商店街には、まだまだ解決すべき課題があります。
次は、この商店街が誇る「名物の味」に関する、少し切ないお話です。
お楽しみに!
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