喫茶店の予約席 第1話:満席の“壁”
こんにちは!物語も後半戦。
今回の舞台は、商店街の片隅で、長年、時を刻んできた純喫茶です。
常連さんに愛される、素敵なお店。
しかし、その人気が、新しい悩みの種になっているようです。
ほしふる商店街の喧騒から、一本だけ脇道に入った場所。
そこに、純喫茶「珈琲館」は、まるで時間の流れから取り残されたかのように、静かに佇んでいた。
赤錆の浮いたブリキの看板、蔦の絡まるレンガの壁。
チリン、と澄んだ音を立てるドアベルを鳴らして中に入ると、炒りたての豆が放つ、芳醇な香りが優しく鼻をくすぐる。
マスターの昭雄さんは、この場所で、もう四十年以上もネルドリップ一筋でコーヒーを淹れ続けてきた、昔気質の職人だ。
磨き上げられた分厚い一枚板のカウンター、少しだけ軋むビロードの椅子、そして壁に掛けられた振り子時計の穏やかな音。
店内は、いつも常連客の途切れない会話と、マスターが淹れるコーヒーの香りで、心地よく満されていた。
しかし、その店の主である昭雄さんは、最近、カウンターの内側で静かなため息をつくことが増えていた。
店の窓から外を眺めていると、若いカップルや、スマートフォンを片手にした観光客らしき人々が、店の前に置かれた手書きのメニューを、興味深そうに覗き込んでいく。
その度に、昭雄さんの心には、小さな期待の灯がともる。
だが、彼らは決まって、店の中をちらりと覗き込み、そして、諦めたように、あるいは、遠慮するように、賑やかな商店街のアーケードの方へと踵を返してしまうのだ。
(…満席だと、思われちまったな)
彼の店は、カウンターが七席、そして二人掛けのテーブル席が三つだけの、こぢんまりとしたお店だ。
源さんのような長年の常連さんが三人いるだけで、外から見れば、どうしても満席に見えてしまう。
実際には、すぐに席が空くことも多いし、一人ならカウンターに滑り込めることも少なくないのに。
せっかく、自分の淹れるコーヒーに興味を持ってくれた、未来の常連客かもしれない人々を、みすみす逃してしまっている。
その事実が、昭雄さんの職人としてのプライドを、じわりと、しかし確実に締め付けていた。
しかし、彼もまた、八百屋の源さんと同じ、あるいはそれ以上に頑固な男だった。
「@SHOP」の噂は、もちろん文から聞いていた。商店街の仲間たちが、そのアプリで活気を取り戻していることも知っている。
けれど、彼は首を縦に振らなかった。
「俺の店は、そういうチャラチャラしたもんとは違うんだ」
そう言って、彼は今日もまた、カウンターを磨きながら、店の前を通り過ぎていく新しい客の背中を、ただ黙って見送るのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
常連さんに愛されているからこその、新しい悩み。昭雄マスターの頑固さと、もどかしさが伝わってきますね。
この状況、どうすれば変わるのでしょうか。続きはまた明日!
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