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2016年11月30日6時52分

 2016年11月30日6時52分。


 朝のビュッフェ会場には、沖縄の美味がズラリと並ぶ。スクランブルエッグ、アグー豚のソーセージ、紅芋パンケーキ、そして――このホテルの名物、できたてスパム。そう、自家製。まさかのスパムを、ホテルが養豚場と契約し、一から仕込んでいるという事実。口に含んだ瞬間、青春のBGMが流れるような逸品だ。


 だが、ひとつだけ異質な円卓があった。


 女子たちが「ねぇー♡ スパムとった?」「ちょ、あたしのソーキどこ!?♡」とキャピつく中、このテーブルだけは完全に戦地だった。


 背中を丸めた6人の男子。


 みんな目の下にクマを飼っていた。しかも、一匹や二匹じゃない。群れでいる。


 そして誰一人として喋らない。ただ黙々と、カロリー摂取という名の任務に全集中していた。


 もはやこれは食事ではない。“栄養戦”である。


 そんな中、あまりにも異質な存在がひとり。


「同志中田よ……お前だけは、妙に元気そうだな?」


 向居が低い声でつぶやくと、同志中田はゆっくりと顔を上げた。


 その手には、ジーマーミ豆腐。


 天然パーマをくるくるいじりながら、まるで春の昼下がりにバルコニーで紅茶を嗜む貴族のような雰囲気である。


 ちなみにジーマーミ豆腐とは、沖縄の伝統的な料理で――


 ※本来ならここで“落花生由来のまろやかな甘さが~”とか、“もっちりした食感が~”とか、“筆者のおすすめのジーマーミ豆腐のお店はここ! ~”とか、本作品でちょいちょい怪我している沖縄に対し、そっとリスペクトと軟膏を塗りつつ、できればそのお店と将来的に何か繋がって、「連載10周年記念・あのバカたちが食べた・特製ジーマーミ豆腐販売中!」みたいな展開もワンチャン……といういやらしい下心がある。


 だが、この作品の読者層が、この”汚作品”に対して、そんなグルメ情報や観光ガイドを求めていないことは筆者も重々承知である。むしろ、「ジーマーミとかどうでもいいから、はやくそのバカたちがどうなったか続きを書け」と、週一連載とは思えないほどの殺意混じりの“秒読みの被害妄想”が、今この瞬間にも脳内で鳴っている。


 なので、筆者は泣く泣く沖縄愛を一度ポケットにしまい、ジーマーミの詳細も、コラボの夢も、まとめて冷蔵庫に入れてラップしておく。


 そう、今ここで必要なのは食レポではない。これはジーマーミではなく、ジーマーミを食う者たちの戦記なのだ。


「まあな。昨日さ、通信制限きちゃって。やることなくて、まあ寝た」


 同志中田は、相変わらずのクズ顔を崩さず、ピーナッツの豆腐を舌で転がしながら、あっけらかんと語った。


「クソが……!」


 松田が、机を粉砕しかける勢いで歯ぎしりした。音が鳴った気がした。たぶん脳内で。


 そう、あの夜――。


 決戦のまさにその最中。


 我らの作戦指揮官・同志中田は、“ギガ不足”という現代の煉獄に吸い込まれるように、連絡網から姿を消した。


 LINEも既読にならず、スタンプは虚空に流れ、画面に残ったのは「ギガを買ってくださいな」の冷たい一文。まるで死刑宣告。


 その結果、我々は多くを失った。誇り。羞恥心。友情。理性。そして何より――人間としての尊厳を。


 戦いの後、部屋に戻ると――


 同志中田は、天使のような寝顔(モアイ顔)で熟睡していた。


 息を吸って吐いてを繰り返すその姿に、静かに、だが確かに、殺意が芽生えた。


 ――が。


 疲労というのは、人から判断力だけでなく、復讐心すら奪っていく。


 殺す体力が、なかった。


 本当に。なかった。


「それより……おい、ちょっと待て」


 川場がふと顔を上げ、卓をぐるりと見回す。


「このテーブル……人選どうなってんだ?」


 集っていたのは、我らストレンジャーズ四人、同志中田、そして――なぜか、四組の山井。


「なぜイケメンがこの円卓に……?」と須賀が不満を漏らす。


「帰れ帰れ。お前は“選ばれし者”じゃない。所属階級が違う」と松田。


「ああ。ここは、栄誉ある円卓の騎士だけが座れる聖域だ」と向居。


 だが山井は、ふっと笑った。どこか悟ったように。いや、壊れたように。


「俺はもう……アホなお前らと、同類だ」


「「「「なにィ!?」」」」


 バスケ部、高身長、成績上位、服も洒落てる、そしてモテる。


 人間に必要なバフ全種盛りのチートキャラ・山井が、まさかの降格通告。


 なぜだ。何があった。なぜ、我々“アホ四銃士”の泥舟に自ら飛び込んできたのか。


「昨日の件で、四組の女子に総スカン。しかもさっき……彼女に振られた」


「お前、彼女いたのか?! じゃあ昨日の夜は……彼女の部屋に行ったってことか?!」


 川場は驚いて聞く。


「いや……そのへん、実は恥ずかしい話なんだけどさ、俺、顔とか……いいじゃん? だから、どうしてもモテちゃって……で、結果的に、四股していた」


「してたって……軽いなあ」と向居。


「でもさ、四ってなんか半端じゃん? 戦隊モノだって五人いるし。半端で、何か俺の美意識が許さなくてさ……。だから!、バランス取るために五人目つくろうとしたんだよ。まあ、義務感っていうか。使命感?」


「おい、須賀よ、こいつは何を言っている?」


「いや、松田、非常に理解に苦しむ異国文化を言っているんだろう。我々文明人には理解できない」


 すべての非難を無視して、山井は自ら地雷を踏みに行く勢いで続けた。


「でもな……校長の件がバレたついでに、その五人構成もバレた。そしたら、女子全員に言われたんだ。『君って……実は二組のアホどもと同じだね』って。俺はそれで、すべてを失った。立場も、女も、尊厳も。今の俺は……社会的“ヒモ無しバンジー”の真っ最中だ」


「どう思う、川場よ」


「なんだ、向居」


「女子って……お前ら三人がアホなの、知ってたんだな……」


「ああ。残念だがバレてたな。でも大丈夫。ちゃんとお前も仲間だ。安心しろ」


 完全に聞いてない山井は、拳を握りしめて天を仰いだ。


「くそっ……俺は怒っている。こんなところで終われるか! 俺は、ただ女子にモテて、調子に乗って、五人目をつくろうとしただけだぞ!? サッカーが得意なやつが、サッカーで活躍して、何が悪い?! 人を救うのが得意なやつが、警察で活躍して、何が悪い!? そして……モテるやつが、モテて、何が悪い!?


 俺は、神が俺に与えた才能と、本能と、欲望に従っただけだ……。


 それがなぜ、なぜ、こんな末路に……。


 俺は今、社会という牢獄の中で……


 “モテ罪”という名の実刑をくらってる……。


 もう……生きていく自信が……ない……」


 そして、怒りの矛先は、突然ながらも当然のごとく同志中田に向けられる。


「そしてそもそもだ……同志中田! なぜだ! なぜ俺にウソの情報を掴ませた!?


 俺はお前を信じていたんだぞ!? 誰よりも、見た目だけは信頼してたんだぞ!?


 クズの顔面偏差値で言えば、お前が一番まともだと思ってたんだぞ!?


 それなのに……


 お前が残した苦いコーヒー……あれ、俺が飲んだんだぞ!?


 ぬるくて渋くて、なんか表面に膜ができてて、明らかに15分以上放置されたやつ!


 “置きっぱカフェイン”を、俺がだぞ!?」


 全校男子代表みたいな顔で吠える山井。


 だが同志中田は、ノーダメージ。


 ジーマーミ豆腐を、ぬめっと口に運び、ぬめっと咀嚼しながら、ぬめっと答えた。


「知らんがな……山井よ。


 私は“第二甲府”の特殊能力者として、形式上、召喚に応じた。それだけの話だ。でないと、生徒会に特殊能力者の称号を剥奪されるからな。知っての通り、高校時代に”特殊能力者”認定されなければ、“将来人間国宝”の選考にも名前が上がらんと聞いている。棋士として、史上初の人間国宝になるためには、しょうがないのだ。つまり、夢の舞台すら立てんのだよ。お前にはまだ、早かったな」


 豆腐をもう一匙、ぬめっとすくいながら中田は続ける。


「そして俺は、ただ“数字”をつぶやいていただけだ。フラッシュ暗算だよ。頭の中で円周率を3桁ずつ足していっただけだ。それも脳内で。誰も“あれが部屋番号だ”なんて言っていない。


 だいたい、だな。俺の貴重なインテリジェンスを、タダで得ようなど――お前、虫か? 虫の分際で人語を話すな。バーカ」


「このクソ野郎め……」


 山井が、目を失った金魚のような顔でつぶやいた。


「なあ……こいつ、クソ野郎すぎんか? 倫理の天井がぶち抜けてるぞ……」


 絶望の眼差しでストレンジャー四人を見る。


「お前ら、よくこんなヤツと……友達でいられるな……」


 その問いに対し――


「「「「ははは、それはご冗談を」」」」 


 四人は即答した。もはや反射。同志中田の口が動くよりも速く、魂が「距離をとれ」と叫んでいた。


 が、意外だった。


「え……うそ……」


 お豆腐メンタル同志中田は、ジーマーミ豆腐と一緒に心もぬめっと崩れ落ちる。口元がへにょんと緩み、箸が止まる。皿の上でぬめぬめと揺れる豆腐のように、気持ちも虚しく揺れ動いた。


 その瞬間、空気がほんのり傾きはじめた。


(あれ? いまの、地味に心に来てない?)


 バカの壁を超えた山井はその微妙な変化を察知した。


 一瞬で「やべ、言い過ぎたかも」と顔がこわばる。


(俺、今社会的に死んで、同志中田の人格まで抉っちまったんじゃね?)


 良心がチクッと疼き、山井は慌てて視線をストレンジャー四人に向ける。


 すると四人は無言でこう訴えていた。


(おい、このクソ小説で許されるのは、相手が気持ちよく馬鹿にされることだけだ。それを守れよクソ野郎。お前のクソフリで気まずくなったじゃねえか。反省しろよバカ)


 その圧に押され、山井はしゅんと肩を落とした。


 確かに自分のフリのせいだろう。そうじゃなければ、同志中田は傷つかなかったはずだ。


 が、同時に思うのだ――「友達じゃない」って言ったお前らにも、責任があるような気がする。


 だが、どういうわけか、こいつらは――


 まるで他人事のように、何事もなかったかのように、でもグルメ番組の彦麻呂みたいに「うんまっ! 太陽の味、口の中で踊ってる~!これは、まさに『食べるエイサー』や~!! 」と食事を楽しみながら、涼しい顔に戻っていった。


 この連中からは、まったく罪悪感の欠片も感じられなかった。


 まさか……本気で、本音で……。


 だから山井は、ぎこちなく、こっそり小声で「すまん……」と同志中田に謝り、そしてまたフラフラとストレンジャー四人に振り返った。


「そ、それよりさ……お前ら四人、昨日どうやって逃げ切ったんだ?」


「待て待て、横峯の話のことか? そもそも俺らが犯人じゃねえし……」


「松田よ。お前が高橋ジョージの『ロード』を歌いながら、パンツを被って、ホテル内を走ってる動画が、海外の誰かにTwitterに上げられてたぞ。顔は映ってなかったけどな」


「なに?! そ、それは……」


「アメリカ人が『Oh~Japanese crazy boys!』ってキャプションつけてた」


「Shit!!」


 松田が思わず机を叩く。


 須賀が肩を叩いて慰める。


「良かったな、松田」


「なにが?」


「海外デビューだ。大谷翔平よりも先に」


 ※大谷翔平は2016年現在、まだ日本ハムでプレイ中で、その一年後にメジャーデビューする予定だが、松田は一足先に“世界デビュー”を果たしてしまったのだ。


「くそ!!」


「それより同志須賀、同志松田よ。俺も気になる。どうやってあの状況を切り抜けたんだ?」


 少し傷心気味の同志中田の問いに、四人は目を合わせて何とも言えない表情に。


 その時、向居がひとつうなずき、腕時計をチラリと確認してから、そっとリュックからフリップを取り出した。


 そう、作者も最近少し忘れていたが、ここで“向居のフリップ芸”が再起動される。


「ちょっと、『おかあさんといっしょ』の放送時間にはまだ早いが、特別にやってやるよ。紙芝居……はじまり、はじまり!」



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