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2016年11月30日6時32分

 2016年11月30日6時32分。


「ガッテム! クソ野郎どもは、ここでステイだ!!」


 恐ろしい夜が明けた。


 沖縄の残波岬のリゾートホテル。


 大宴会場の朝食ブッフェに向かっていたはずの第二甲府高校・男子生徒たち約120名は、教員らにより、会場前のロビーで足止めを食らっていた。


(あ、死んだ……)


 須賀は一瞬で全てを悟った。これは、もしかして……昨夜のことがバレているのかもしれない。


 周囲を見渡すと、例の“革命軍”こと深田たちの姿は見えなかった。あいつらだけうまく逃げ切ったのか……いや、まだ監禁されているのかもしれないな。


 一方、隣に立つ松田たちはというと、全員が見事に震え上がっていた。


 B級ホラー映画ですらお目にかかれない、全身ガクガクブルブルのオンパレード。


 まるで寒空に放り出された子ウサギの群れのようで――恐怖と同時に、なぜかほんのり愛らしさすら漂わせているのだった。


 と、その時。


「くそやろ!!!! 人の夢は終わらねえええええ!!!!!!!!」


 ロビーの向こうから、地の底を這うような絶叫が響いた。


 須賀たちが顔を向けると、別の修学旅行団体がいた。


 制服姿の男子ばかりが集まり、その中心で、一人の生徒が四人の男性教諭に取り囲まれていた。もがき、わめき、足をばたつかせるその様子は、まるで何かに取り憑かれたようだ。


 ホテルのスタッフが無表情で近づいてくる。指一本動かさず、ただ淡々と。


 羽交い締めにされた生徒は、まだ何かを叫んでいたが、次第に声がくぐもり、やがて姿が柱の陰に消えていった。


 その後ろに残された男子生徒たちは、教員にうつむき、叱責されている。だがその表情に、悲壮感よりもどこか誇らしげなものが見えるのは気のせいか。


「ガッテム! こっちを見ろ!!」


 視線を戻すと、現場の指揮を執っていたのは、サングラス姿の体育教師・横峯。身長190cm、体脂肪率4%。元・近代五種競技のオリンピック候補。野生動物をも恐れぬ眼光で睨むその姿は、もはや“人間の皮をかぶった虎”である。


 噂によれば、学生時代に単身で樺太に渡り、現地の熊たちにホームステイ。三度の越冬を成功させたという伝説を持つ。


 また、かの百獣王芸人とは昔から因縁があり、「人類最強はどっちか?」と決闘をした、通称”旭山動物園の死闘”が有名である。三日三晩続いた肉体戦では勝負がつかず、「昔の武将は皆、文化も嗜んだ」という理由で、最終的には俳句対決に突入。動物園スタッフを審査員に迎え、『プレバト』並みの熾烈なバトルが展開された。


 そのクライマックス。諸々限界の横峯は渾身の一作、「YO! YO! にゃん!、 YO! YO! にゃんにゃん!、 にゃんにゃんYO!」という“アニマルラップ俳句”を披露したが、審査員の手元に光ったのは「才能ナシ」の札だった。


 敗北を喫した横峯だったが、試合後、百獣王芸人とハイタッチを交わし、こう呟いた。


「お前……もしかして、俺の生き別れた弟か……?」


 以来、二人は年に一度、長野の山奥で温泉を一緒に掘る仲になったという。


 そして今――。


「ガッテム! てめえら、よく聞け!!」


 横峯の背後から、ぬっ……と現れたのは――。


「この方から、お言葉をいただく!」


 高橋、リチャードに続き、最後に現れたのは、伝説の教師。


 いや、もはや武人。いや、皇帝。いや、校長。


「わしが第二甲府校長――小池幸三である」


 校長・小池。202cm。元・海上自衛隊(炊事班)。その後、フランス外国人部隊で“クレイジーシェフ”の異名を取り、敵味方問わずに胃袋を掌握した男。今は公立高校の校長として、日々、生徒たちに「朝食の大切さ」と「一日に摂取していい塩分」を説く日々。


「おはよう、諸君!」


「……おざます」


 男子生徒のやる気のない声が漏れた瞬間――小池の目が開いた。


「おはようっ!!!!!!!!」


 その声は天井を突き破り、空に穴を開けた(ような気がした)。


「お、おはようございます……」


 まだ弱い。圧が足りない。


 そこで、横峯、高橋、リチャードが前に出て、全身から怒号を噴き出す。


「ガッテム!!! てめえらぁぁ!! 小池校長が挨拶してくださってるんだぞォ!!!」


「人として! 挨拶しろ!! 礼儀だろうがぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


「ガァイズ! オハヨーってセイッてみろヤァ!!!」


「お、おはようございますッッッ!!!!」


 男子生徒たちの背筋が揃い、声に気合が宿った。


 その様子を確認すると、小池は満足げに頷き、静かに横峯に言う。


「……一日に摂取していい塩分は7.5グラム未満だ。今日も気をつけさせろ」


 そう言って、すでに女子生徒たちが待つ朝食会場へ、静かに足を踏み入れた。


 その様子を見届け、横峯は満足げに頷き、クソ野郎ども――いや、男子生徒たちに向き直った。


「相変わらず有難いお言葉だな。で、おい、お前ら。なんで朝食会場に入れねぇか、わかってるか?」


 誰も答えない。全員、うつむき加減で目を逸らしている。思い当たる節がありすぎるのだ。


「まず昨日の日中、問題しか起こしていない六組の深田一派。夜もまた懲りず、七階の南館と北館の間にロープをかけ、猿のように渡ろうとしていた。だから逮捕だ。今、北一階の事務室で写経(監禁)中だ。ありがたく般若心経を書いてる最中だ」


 空気が少しピリつく。横峯は構わず続けた。


「だが、問題は、消灯後、こそこそ出歩いてた奴らがいる。……とくに、四組。山井たち。まず、お前ら」


 横峯は一瞬、笑ったような気がした。


「小池校長に愛の告白したな?」


 ざわつく生徒たち。


「いや、別にそれ自体はいいんだよ。校長も喜んでた。“若者に慕われるなんて教師冥利に尽きる”ってよ。ただな、タイミングと方法を考えろ。日中に、正面から、感謝と敬意を持って言え。“尊敬してます、いつもご指導ありがとうございます”でいいんだ。ドア越しの恋愛小説染みたポエム朗読会とか、男としてだせえ。そんなのもてねえぞ。そんな表現は、女性に告白するときだけにしろ。ま、そういうウブなとこ嫌いじゃないがな。残りの修学旅行で、ちゃんと気持ちを伝え直せ」


 ざわ……というより、がっつり動揺が走る。


「……で、本題だ。もっと深刻な件がある」


 横峯の声が低くなる。全員の背筋が凍りついた。


「昨晩、深夜0時過ぎ。八階の渡り廊下で――“事件”があった」


 生徒たちの間に緊張が走る。


「被害者は旅行客の大学生の男女四人グループ。いや、正確には“サークル仲間”。男たちのほうが酔って女二人にダル絡みしてた。『ぼくちゃんたちと付き合ってよ~』とか、まあよくあるバカ大学生の絵面。女性陣は嫌がっていたらしい」


 横峯が言葉を切る。数秒の沈黙。


「そこに現れたのが……覆面を付けた男。目撃によると、高校生らしき男子四名。そいつらが――そのクソ野郎の男たちに飛びかかったらしい」


 生徒たちの顔色が変わる。


「ラリアットを食らい、水晶玉で殴られ、極厚の『資本論』で上下からサンドされたらしい。極めつけは、フリーキックさながらの一撃が股間に炸裂。男たちはその場で昇天――いや、気絶。一応、枕の上に寝かされてはいたが、口の中にはなぜか……ゴーヤ柄の海パンが、二枚ずつ、ぎっしりと詰め込まれていたという」


 一瞬の静寂。生徒全員が「奇跡の世代か!」と若干犯人に察しがついたが、生徒諸君、無言を貫く。


「ホテル側からの緊急通報で、俺と高橋先生も現場に急行した。即座にホテル全体で非常事態宣言が出され、高知と新潟から修学旅行で来ていた他校の先生方とも連携して――全館一斉捜索が始まった。午前1時のことだ」


 横峯が拳を握りしめる。


「そして、七階北館の廊下で、不審な四人組の男たちをスタッフが発見。通報を受けて、俺たちもすぐに現場へ。そこから怒涛の追跡が始まった。三十分間、全力疾走。……残念ながら顔は見えなかった。やつら、後ろ姿だけで逃げ切ろうとしていたからな」


 彼は言葉を区切り、少し間を置く。


「だが最終的に――午前2時。ちょうど丑三つ時。四階南館の行き止まりの廊下で、やつらを追い詰めた」


 息をのむ音が、男子に広がる。


「……はずだった。だが、次の瞬間、奴らの姿は――かき消えた」


 空気が、びりりと震える。


「跡形もなく、煙のように」


 誰かの喉が、ごくりと鳴る。


「ホテル側の記録にもある。いや、俺の記憶にもある。……約二十年前の修学旅行、このホテルで“神隠し”事件が起きている。今回も同じじゃないかと、そう言う者もいた。だが――俺は信じていない。神隠しなんて、あってたまるか」


 横峯の眼光が鋭くなる。まるで、全員を見通すように。


「つまりだ。俺の推理では――この中に、犯人がいる」


 ざわり、と場の空気が揺れた。誰かが息を呑む音。


「今ここで名乗り出る勇者がいねぇなら、それでも構わねぇ。だが忘れるな。小池校長は言った。“朝食は全人類の義務だ”と。メシ抜きなんざ、校長にバレたら俺ら全員、社会的に消される」


 一瞬、場に安堵の色が差す。だが、それも束の間だった。


「だがな――この修学旅行中に、俺は絶対に犯人を突き止める。なぜなら、俺はお前らを信じているからだ。そう、信じているからこそ、こんな悪ふざけを全力でやらかせるのは、うちの男子生徒以外にいないと思ってる」


 その言葉に、空気が完全に凍りついた。誰も目を合わせない。だが、全員の背中に、うっすらと冷や汗が滲む。


「……以上。解散だ。エサ――いや、朝食の時間だ」



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